思考の土台を築いた4年間。
津田塾で知った「自分の考えをもつ」ことの大切さ。

  1. HOME
  2. 津田塾のまなび
  3. 思考の土台を築いた4年間。津田塾で知った「自分の考えをもつ」ことの大切さ。

代永 衣 YONAGA Kinu

総合政策学部 総合政策学科 2025年卒業

現在、日本経済新聞社で記者として活躍する代永さん。受験生のとき、千駄ヶ谷キャンパスの雰囲気に惚れ込んで入学したという津田塾大学の総合政策学部総合政策学科では、勉強に、学園祭の実行委員に、そしてアルバイトにと、さまざまなことに熱中して過ごしたそうです。津田塾で培った自分の考えをもつことの大切さ。代永さんの思考の土台となり、現在の仕事にも大いに活かされていると話してくださいました。どんな学生時代を送り、どんなことを感じ、そして社会人として活躍する今にどう活かされているのかを、代永さんに伺いました。

一瞬で「ここに入りたい!」と感じた
千駄ヶ谷キャンパス

津田塾を志望した背景を教えてください。
「フィーリングでした」(笑)
と言うと、それで話が終わってしまいますが、入学試験で千駄ヶ谷キャンパスに足を踏み入れた際に、「ここに入りたい!」という安心感のような温かみのような、そんな感覚を覚えたんです。入学試験では簡単な漢字問題を解くことができず、終わった瞬間に「落ちた」と思いました。気づいたら試験監督の先生を追いかけて「すみません、どうしても入りたいんです!」「受かりたいです!!」と訴えていました。
もちろんそんなアピールは意味がないのですが、それほど千駄ヶ谷キャンパスに心を奪われていました。そもそも受験した理由としては津田塾大学が少人数教育を大切にしていたというのがあるのですが、そのうえでやはり受験当日の「ここで学びたい」という直感が決め手になりました。
入学後の印象はいかがでしたか。
特に「女子大」であることを強く意識したことはありませんでした。ただ、今思えば、他者の目線を気にしなくてすむような過ごしやすさはあったので、自分の気持ちに素直に生活できる環境だったかなと思います。
キャンパスは当初のフィーリングどおりに快適に過ごせる場所でした。特に活用したのは、エントランスロビーのすぐそばにあるラーニングコモンズという学習スペースです。とても開放的な空間で、友人と一緒に課題について議論したり、将来の話をしたり、有意義な時間を過ごしました。緑豊かで人の温かみがある千駄ヶ谷の街も私には合っていました。本当に素敵なキャンパスで勉強しがいがあるなと感じました。

校門が開くのを待って勉強をスタート

学業についての思い出はありますか?
印象に残っているのは鈴木貴久先生の講義です。私が学んだのは「統計」の科目でしたが、単に統計学について学ぶというよりも「思考する」ことについて教えていただいた印象を持っています。鈴木先生はこちらにわからないことがあっても直接答えを教えてくださるのではなく、「最初にこう考えたらいいんじゃない?」といった風に「考える道筋」を提示してくださるスタイルでした。学生自身が仮説を立てて、結論を導き出すためにしっかりと思考のプロセスを踏むことを重視されていました。一つひとつ、自分の仮説を検証する習慣が身につきました。
他の先生方も同様に、学生が自主的に考えることを大切にされている先生方ばかりです。課題が多く大変なこともありましたが、友人たちと朝から晩まで一緒に議論しながら課題に取り組んだことが懐かしい思い出になっています。朝、校門が開くのを待ってすぐにラーニングコモンズで友人と集まり、校門が閉まる21時まで勉強していたこともありました。土日も近くのカフェで一緒に勉強していましたね。わからないことがあれば、鈴木先生の研究室にお邪魔すれば考えるヒントをいただけますし、そこでいろいろと他愛もない話をしたのもよい思い出になっています。
語学もかなり勉強したのでしょうか?
英語に関してはGavan P. Gray先生がとても思い出深いです。Gray先生の英語の授業は、単なる語学の習得にとどまらず、社会課題について深く考え、自分の意見をもつ力を養う場でした。英語の授業ではあるのですが、英語を実際の社会で起きているケーススタディーに落とし込んでいくことで、英語を学ぶと同時に、遠くに感じていた社会の課題を自分事として捉えられるようになっていきました。
文法的な正しさよりも、私自身がどう思考しているのかを英語でしっかりと伝えられるかどうか、それを重視していただいたように思います。私自身は「英語力をなんとかしなきゃ!」というよりも、社会課題に対して自分なりにどのような考えをもつべきかを大事にしていて、それがたまたま英語を使う授業だったという印象です。
先ほども少しお話ししましたが、Gray先生や鈴木先生をはじめ津田塾大学の先生方は「学生が自分で考えて行動する」ことを大切にされています。この頃に培われた「自分なりの考えをしっかり持ち、仮説を立てて相手にぶつける」という姿勢は、現在の記者としての仕事にも大いに活きていると実感しています。

気軽に相談できて、
支えてくれた先生方や職員の方々

学習に対する大学のサポートはいかがでしたか?
学習していくうえでさまざまな部分で手厚いサポートをしていただけました。少人数の学校ならではの環境で先生や職員の方々との距離がとても近く、さまざまな相談事を気軽にできる環境でした。勉強での相談は先生の研究室へ、制度上の相談は事務室へと、気兼ねなく足を運べる場所に相談に乗ってくださる方がいたのでとても心強かったです。たとえば奨学金についても、私は自立した大学生活を送るために、学内外のさまざまな奨学金制度を可能な範囲でフル活用しましたが、一つひとつの制度について親身に相談に乗って対応してくださいました。そのおかげで、大学生活に大きな精神的・経済的ゆとりをもつことができたと感じています。
また進路選択に関しても充実したサポートがあります。ある日、日経の記者の方が講師にいらっしゃった授業で関心を抱いた私は、すぐに事務室へ向かい「日本経済新聞社のインターンシップに関する情報があるって聞いたんですけど?」と飛び込んだこともあったぐらいでした。
学びたい、あるいはこうなりたいという意欲がある人に対しては、職員の方も先生方も、とことん応援してくれる環境だと感じています。
代永さんは千駄ヶ谷キャンパスの学園祭「津田ヶ谷祭」の実行委員長も務められましたね。
はい。1年生の頃から実行委員会には入っていたのですが、ちょうどコロナでリモート開催になり、なかなか学園祭の存在そのものを知ってもらうことができていませんでした。2年次には仲のよい友人と二人で「私たちなら変えられるんじゃない!?」と幹部に立候補して、「どうやったら千駄ヶ谷のよさを活かせるんだろうね?」と学園祭の立て直しを頑張りました。
たとえば予算が限られているのであれば、無理に芸能人を呼ばなくてもいいよねとか、今まで以上に地域のお店の方に参加してもらおうとか。さらに千駄ヶ谷という街は東京の真ん中にはありますが意外と家族連れも多いエリアなので、幼児や小学生などファミリー層にも楽しんでもらえる企画はどんなものがあるかなども仲間と一緒に考えました。
そして何より、一番の課題は学生自身が千駄ヶ谷キャンパスに学園祭があることを知らなかったので、たとえばパーソナルカラー診断など在学生の関心を呼ぶようなアクティビティを充実させていきました。結果として、地域のビジネスを活性化させつつ学生を呼び込む仕組みをある程度作ることができたのではないかなと思っています。委員長にチャレンジしてよかったと心の底から思っています。

互いに高め合える友人と出会えたことが 最高の財産

友人にも刺激的な方が多かったのですね。
本当にそう思います。とても仲良くしている7人組がいるのですが、全員、自分のやりたいことに対してアクティブで、本当に互いを高め合える存在です。それぞれ知的好奇心が強く、自分の価値観を大切にしていて、よい意味で群れることなく自立しているけれど、協力すべき時はしっかり協力し合える関係を築くことができました。
時間は足りているのか?と思うほど勉強もアルバイトも全力で臨む友人、語学に力を注ぐ友人、芸術に関心を向ける友人、先ほどの「津田ヶ谷祭」の実行委員会執行部を一緒に務めた友人もそうですが、こうしたよい刺激を与えてくれる友人と出会えて、そして卒業後の現在も変わらずお付き合いできていることが、私にとってはかけがえのない財産になっています。
現在のお仕事について教えてください。
現在の仕事は日本経済新聞社で金融機関担当の記者として、銀行や資産運用会社を取材し、記事の執筆などでニュースを発信しています。
仕事をしていくうえで私が大切にしているのは、足を使って現場のさまざまな人に直接会いに行くことです。特に企業の意思決定をするような層の方は簡単に会ってお話をうかがえる相手ではありませんから、限られた面談の機会に「この記者になら時間を割いてもいい」と思ってもらえるように、自分のことをしっかり理解してもらい信用を得ることを何よりも心がけています。そのためには、ただ「話を聞かせてください」とお願いするのではなく、しっかりと自分なりの仮説や考えを用意するようにしています。世の中の動きを受けて、担当する企業にどのような影響があるのかを常に考え、自分なりの見解をもって相手にぶつけるようにと思っているのですが、これはまさに津田塾大学で培った「自分の考えをもつ」という思考の土台が活きているなと感じるところです。

津田塾大学は進むべき道を開いていける大学です

お仕事でやりがいを感じるのはどのような点ですか?
以前、私が執筆した大学の資産運用に関する記事がきっかけとなり、実際に教育機関で資産運用の機運が高まるという経験をしました。自分の仕事が誰かの新しい考え方や行動につながり、社会を変えるきっかけになるということにジャーナリズムの大きなやりがいがあると感じています。
新聞というと最近はオールドメディアというとらえ方をされることがあります。また現代は、大半の方がSNSやAIで情報収集をする時代です。そういう時代環境の中で「どんな風に書いたら読者に届くのか」を日々模索しています。私たち新聞社の役割の一つは、読者が情報の信憑性を確かめたいと思ったときに立ち返る「原点」として、確かな取材に基づいた安心できる情報を届ける基盤を作ることだと感じています。その使命感を感じながら、動画などの新しい伝え方にも挑戦し、そして20代、30代のうちには、自分の「名前」で勝負できるようになれたらうれしいですね。
最後に、津田塾を目指す高校生にメッセージをお願いします。
私は、津田塾大学を選んで正解だったと胸を張って言うことができるし、この大学での4年間がなければ今の私はないと断言できます。入学時にどんな道に進むのか定まっていないのは当然で、私自身も自分が将来記者になるとは思っていませんでした。けれども、大学生活の中で、自分が惹かれるものに飛び込んでみると自然と道が開けていくものなんだと感じましたし、津田塾大学には、そんな風に道を開いていくための頑張りを支えてくれる大勢の先生や職員の方々、そして高め合える友人がいます。
これから大学、そして社会に羽ばたく皆さんも、ぜひ津田塾大学で勉強や友人との交流に夢中になってみてください。きっと、将来につながる道が開けていくと思います。
※肩書等は取材当時のものです。
Copyright©2019 Tsuda University.
All rights reserved.