次世代を担う学生たちへ。
先人たちの足どりから伝えたいこと。

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村木厚子 MURAKI Atsuko

高知大学文理学部経済学科を卒業後、労働省(現・厚生労働省)に入省。障害者政策や女性政策、子ども政策に携わる。2013年から2015年まで厚生労働省事務次官として活躍。2017年度に津田塾大学総合政策学部新設に伴い、客員教授に着任。総合政策学部の授業「社会実践の諸相」を担当している村木先生に、この授業の狙いと学生への思いについて語っていただきました。

エキスパートの姿から、生きた学びを。

最初に、津田塾大学に着任されたきっかけを教えてください。

 37年間勤めてきた省庁を退職したときに「総合政策学部を新設するから、教員として来てくれないか」と萱野稔人学部長から声をかけていただいたことがきっかけです。「先生」の経験がなかった私は、未来を担う人たちに大きな影響を与えかねないこの役割に、初めは尻込みしました。同時に感じたのは、社会課題を扱うこの学部でなら、さまざまな政策に携わってきた自分の経験を存分に活かせるのではないかということ。結局、教えたいという思いが勝り、教鞭を執る決意をしました。

先生が担当されている「社会実践の諸相」とは、どんな授業ですか?

第一線で社会課題の解決に力を注いでいる各分野のエキスパートをゲスト講師として招き、その仕事などについて語ってもらう授業です。公務員だった頃の私は、さまざまな政策に携わり、仕事を通じて社会課題の解決に情熱を注いでいる素敵な人たちに大勢出会いました。そんな人たちの姿を学生にも見せたいと思い、萱野学部長に「その道の最前線にいる人たちと社会課題への向き合い方をともに考えていく授業にしてはどうか」と提案したのです。「社会実践の諸相」と名づけられたこの授業は、2017年に私が着任して以来続いています。
「社会実践の諸相」授業の様子。マスク着用、教室定員を設け換気を行うなど、感染拡大防止対策を徹底して2022年度はキャンパスで授業を行っています。

社会は変えられる。そう伝えていくことが私の使命。

村木先生が、授業で心がけていることは何ですか?

「社会は自分の力で変えていける」。そんな希望がもてる授業を心がけています。公務員になったばかりの20代の頃、先輩たちから聞かされてきたのは、「社会は簡単には変えられない」という見方でした。実際はどうでしょう。定年制や週休二日制など、私が入省した当時は法律に明文化されていなかった制度さえも、その後の10年ほどで整っていきました。

ほかにも、男女雇用機会均等法(以下、均等法)を望む世論が高まっていた頃のこと。毎日国民から寄せられるはがきの整理をしていた私の同期が目にしたのは、大勢の人々からの「均等法を作ってほしい」というメッセージだったそうです。均等法の成立の背景には、津田塾出身の赤松良子さんをはじめとした政策立案者たちの尽力があったのはもちろんですが、今振り返ると、これらはがき一枚一枚も、新たな法律の制定につながったのだと確信しています。はがき一枚分の力はわずかですが、束になれば国をも動かせる。そのパワーを肌で知りました。

「社会は変えられる」ということを、学生たちにどのように伝えていきたいですか。

ゲストスピーカーの話が、学生たちにとって考えるきっかけになればと思っています。毎年お招きしている方の中に、オーストラリア大使館の公使などを務めてこられた、エリザベス正宗さんという女性がいます。彼女が授業で決まって学生たちに投げかけるのは「あなたは一人で世界を変えられると思いますか?」という問いです。高校までは、世の中で起きていることを教科書通りに覚えることが重視され、疑問をもつ機会の少なかった学生たちに、「自ら社会を変えていく」という新たな視座を与えてくれます。

人の心を動かすのは、ぶれないミッション。

「社会実践の諸相」の中で、印象に残っているゲストスピーカーはどなたですか?

学生たちからの反響が大きかった方のひとりが分身ロボット「OriHime」の開発者である吉藤健太朗さんです。「OriHime」とは、身体の不自由などの理由から行きたいところに行けない人の分身として社会参加を担うロボットで、人と人のコミュニケーションを手助けします。ここでは目新しい技術は利用されていないにも関わらず、新しい価値を提供しているのが画期的です。「距離や障がいを乗り越え、人と人をつなぐために技術を使う」というぶれないミッションがあってこその成果でしょうか。技術はあくまで手段であり、課題の設定が重要だったのです。そこを出発点に、どんな解決の方法があるのかを探っていく。吉藤さんの姿勢は、まさに総合政策学部がテーマとする課題解決のプロセスそのものです。そこに学生たちは強く共感したようでした。

ほかでは、牧師でありホームレス支援に尽力する奥田知志さんをお招きしたときのこと。「困窮する原因はさまざまではありますが、立ち直るきっかけに共通するのは、社会とのつながりの中に組み込まれること」と奥田さん。私自身も困窮者支援に携わっていますが、奥田さんの表現を借りるなら、セーフティネットは太い糸が1本あるだけでは成り立たない、無数の糸を細かく張り巡らせることが大切です。事故や病気などでたくさんの糸が断ち切れてしまっても、まだ誰かとつながっていられるわけですから。このつながりを作ることは、行政やホームレス支援者だけの役割ではありません。社会からこぼれ落ちそうな人が立ち直れるかどうかは、手をさしのべてくれる人の数や私たち一人ひとりの態度次第。「落ちたときの水の温度」にかかってきます。それが温かであれば、人は立ち直れるはずです。奥田さん実践から生まれた言葉は、学生たちの心にもしっかり響いたのではないかと思います。

女性が自立した職業人生を歩むために。

女性のキャリア構築について、先生の思いをお聞かせください。

極めて現実的な話ですが、やはり一定レベルの収入は欠かせません。親や配偶者などに従属せず自分の足でしっかりと立てる力は、自由の保障ともいえます。近年、コロナ禍でDVや児童虐待が増え、家庭内の状況が悪化しても逃げ出す術がない女性からの相談が相次ぎました。そうした状況を回避するために必要なのは、いざというときに一人で生きていけるだけの経済力です。

やりがいのある仕事をすることも大切です。大学卒業から定年までには、仕事に7万時間もの時間を割くのですからね。あとは、自分自身の健康と、家族や友人との時間を大切にできること。これらが揃うと、幸せな職業人生を送れると思います。大変なときは、周囲の人の力を借りることも忘れないでほしいです。自立とは頼れる存在を多くもつことであって、孤独なまま闘うことではありません。

「正解」は自分で決めるもの。

総合政策学部の学生に期待することは?

自分にとっての「正解」を見極める力を養ってほしいです。大学受験に代表されるように、高校までの勉強では、唯一の正解にたどり着くことが求められます。しかし、社会に出たら正解は自分が決めるものです。総合政策学部の授業を通じて、現実に起きているさまざまな事象を多角的に見つめ、自分が何に価値を置くかを考え抜いてほしいと思います。正解だと思ったことが、後から振り返ると違って見えることもあるでしょう。軌道修正も大事な進歩です。興味をもったフィールドには、果敢に飛び込んでください。大切なことは「間違えないこと」ではなく、「ジャッジを他人に委ねないこと」。これがポイントです。

最後に、津田塾を目指す高校生にメッセージをお願いします。

質の高い教育を受けられる大学時代は、いわば人生のプレゼント。受験勉強は大変だと思いますが、その先に待ち受けているキャンパスライフに期待しながら、頑張り抜いてほしいですね。津田塾の特長は、熱意ある教員が揃っていて、学生一人ひとりにきめ細かく学びを提供できるところ。その環境を存分に活用すれば、実りの多い大学生活を送れるはずです。その中から、人生をかけて打ち込めることを探してください。ここで経験するすべてのことが成長の糧になります。「学習は学習を呼ぶ」という私が大好きな言葉があるのですが、何かを学ぶと新たな疑問にぶつかり、さらに深く知りたいと思うようになるものです。そうやって能動的に学んだ経験は、生涯を通じて勉強し続けるための礎になっていくことでしょう。
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