数学は、思考を深め本質を見抜くためのツールに。

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久野雄介 KUNO Yusuke

東京大学理学部数学科卒業、東京大学大学院数理科学研究科修了。2012年に津田塾大学の講師となり、2015年より現職。幾何学の一部門であるトポロジー(位相幾何学)の視点から、曲面の写像類群や関係するさまざまな図形を研究。担当授業は「数学序論」や「幾何学A」など。2016年に渡仏し、写像類群の「Johnson準同型」に関する研究に没頭。「Lie 代数の手法による曲面の写像類群の研究」で、2021年度日本数学会幾何学賞を受賞。
好きな数学から離れることなく、研究者への道をひた走ってきた久野先生。これまでの足どりと、先生にとっての数学の魅力に迫ります。

知的なチャレンジに夢中になった中学・高校時代。

数学に興味を持ったきっかけは何ですか?

子どもの頃から算数が得意だったというのもさることながら、中学2年生のときに、学校の先生が『アメリカの数学者たち』という著名な数学者のインタビュー集を貸してくださったことです。このとき、世の中には数学を生業にする人がいる事実を知りました。こういうと少し語弊がありますが、当時は「何も道具をもたず、頭の中にあることだけで仕事をする」数学者に、ほのかな憧れを抱いたものです。高校に進んでからは『大学への数学』という月刊誌や、数学オリンピックの問題に挑戦するようになりました。相当手強い内容で苦戦しましたが、問題に全力でぶつかっているときには、静かな高揚感があったものです。あらゆる解法を試みるために、一問に何日も費やすこともありました。粘った末、ある日ふとしたことで解けたときの強い喜びこそが、数学好きの根底にあるような気がします。

中学・高校での数学と比べると、大学での数学は、先生にとってどのようなものでしたか?

高校までの数学は計算が中心で、いわば「式を変形して公式を使い解を導く」といった取り組みでしたが、大学ではアプローチの仕方ががらりと変わります。証明が中心になり、求められる厳密さが格段に上がったので、面食らったものです。思い返すと、大学2年次までは一人で悶々と考え込むことが多かったのですが、3年次からは同級生との自主ゼミを通じて、授業内容をふり返るようになったことが理解に役立ちました。授業では省略されていた数式も自ら書き足し、もう一段詳細な説明を加えていく。そうすることで講義を咀嚼し、アカデミックな論証に少しずつ慣れていきました。

分かち合うことで、学びはいっそう深まる。

大学院では、大学時代と比べて数学との向き合い方に変化はありましたか?

既知の理論を学ぶ「学習者」から、未知の問題を見つけ出し解決する「研究者」への転換。これが最も大きな変化です。研究では、テーマとなる問題を自分で設定する必要があります。しかし、問題に着手した時点では出口があるかどうかさえわかりません。知っている理論を駆使しながら「解決方法はあるのか」「あるとしたらどんな姿なのか」を追い求めていく。このような研究活動に文字通り暗中模索する中で道標になったのは、研究者コミュニティの存在です。自分も研究論文を書くようになると、研究の動向や展望について他の研究者と共有し合うようになります。他者と意見を交わすことによって、自分の現在地を確かめるようになったほか、自らの取り組みの重要性が分かってきたのもこの頃からです。

津田塾に着任されたときの印象を教えてください。

なんといっても、キャンパス周辺の環境の良さは格別でした。玉川上水のせせらぎや沿道の豊かな自然は、気分転換をする際の散歩にもうってつけです。春の陽気が増すごとに、研究室の窓からは木々の芽吹きを眺められ、日ごとに形や色合いが美しく変化する様子を楽しめます。真面目で意欲的な学生が多く、日頃から自然に教え合う姿が見られるのも印象的でした。自分では解けなかった問題でも、友人に尋ねてみると解けることがありますし、他者と疑問を共有し合うことで思考は深まります。誰もが学びを分かち合うような文化が、津田塾にはあるのだと知りました。

数学者として役割を果たせる歓びを知った。

日本数学会幾何学賞のきっかけとなった研究をフランスで行ったと聞きました。1年間の海外生活はどのように過ごしましたか?

海外研修で滞在したのは、北東部の街ストラスブール。妻と、当時1歳だった娘とともに渡りました。研究所では、研究者と数学の議論を交わしたり、セミナーに参加したり、図書館で文献を調べたり。充実した日々を過ごせたことに感謝しています。余暇には、マルシェでショッピングをするのが定番で、お店の人と会話しながら朝食のバゲットを物色していると、フランスでの生活に溶け込んでいる実感がありました。
「フランス人はバカンスのために働いている」。話半分に聞いていたこの言葉が、本当だと分かったときの驚きも、印象に残っています。8月になると仕事仲間はみんなバカンス。研究所からは人が消えます。私たち家族も急遽TGV(フランスの高速鉄道)に乗り込み、サン・マロというブルターニュ地方の港町で羽を伸ばしました。バカンスに限った話ではなく、現地の人たちはオン/オフの切り替えがはっきりしています。無駄な作業はせず、仕事を効率的に終わらせてプライベートの時間を大切にする。そんな彼らの姿勢を見習いたいと思いました。

フランスでのご経験は、先生にとってどのようなものでしたか?

フランスでの滞在は、研究に専念できる夢のような機会であっただけでなく、海外における数学コミュニティの一員として活動する足がかりにもなりました。帰国後も、フランス滞在中に課題となったテーマを、東京大学の河澄響矢先生や他の共同研究者とともにさらに掘り下げます。その結果、2021年度に日本数学会幾何学賞を受賞しました。賞という形で評価をいただき、背筋の伸びる思いです。この賞は、ゴールではなくスタート。いっそう熱心に研究に励まなければなりません。今後の研究は、本テーマをどう深化させられるかにかかってきます。

コラム
幾何学賞を受賞した研究テーマ

受賞した題目は「Lie 代数の手法による曲面の写像類群の研究」。2009年頃から共同研究を行っている河澄先生と共同受賞。この研究は、曲面(2次元図形)のトポロジーの解明に用いられる「Johnson準同型」という数式世界の対象を、再び曲面のトポロジーの観点から捉え直すというもので、代数的な問題への幾何的なアプローチへの評価が、受賞につながった。

数学は「書く力」と「問題を見抜く力」を養ってくれる。

久野先生にとって研究の醍醐味とは何ですか?

未開拓の領域に足を踏み入れ、解き明かしていく面白さです。もともと、私には研究者として成し遂げたい目標が明確にあったわけではありません。ただ数学が好きで、その正体を知りたいという好奇心に駆られて向き合い続けるうちに、いつの間にか研究の道を歩んでいた、というのが正直なところです。私よりも優秀な数学者は大勢いますが、だからといって自信を失うこともありませんでした。彼らだって、ひょっとしたら私と同じように苦労しているのかもしれないし、解けたときには同じように嬉しいのかもしれません。他人との優劣を気にするよりも、自分の中に沸き上がる充実感を大切に、今でも淡々と研究を続けています。

数学を学ぶことを通じて、どんな力が身につきますか?

「書く力」と「本質を見抜く力」のふたつです。数学の文章を書く際は、自らの説明に矛盾や、論理の飛躍がないかを何度も見直します。誰もが納得できるレベルまで推敲を繰り返すわけです。その過程で、論理的に説明する力も磨かれます。同時に、問題の所在を突き止め、本質を見抜く力も鍛えられるでしょう。社会に出ると、手元にある情報を整理して、何かを解決しなければならない場面にしばしば遭遇するものです。そんなときも、数学的な考え方を応用して問題の核にクローズアップし、紐解いていけば、自ずと答えに近づけるはずです。



難しさの中にこそ、真の楽しさがある。

津田塾で数学を学ぶ意義はなんでしょう?

津田塾の数学科の特徴は、少人数教育が定着していること。教員と学生との距離が近いだけでなく、1年次から必修のセミナーをはじめ双方向的に思考を交わす授業が豊富にあります。数学というツールを使って、問題意識や解決のためのアイデアを伝える習慣を身につけられるでしょう。習得には時間がかかりますが、一度手に入れれば生涯にわたりさまざまな場面で応用できます。他者と考えを共有するスキルを養えることに、本学科で学ぶ意義があります。

最後に、高校生へのメッセージをお願いします。

数学が好きで、もっと勉強してみたいと思う人は、ぜひ数学科の門を叩いてみてください。問題に向き合う際には、数式を書くだけではなく、言葉を使った説明を心掛けることをおすすめします。大切なのは数式も文章の一部であるということ。これを意識すると大学での数学の学びにスムーズに移れると思います。与えられた問題を解くことももちろん楽しいのですが、それよりも一段進んだ数学の理論の面白さに触れてほしいです。先人たちの証明した定理を学び、また自らも新しい定理を生み出そうとすることは、時空を超えた協力ともいえる営み。これこそが数学という学問の魅力だと考えています。



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