津田塾で学んだプログラミングが、自己表現の一つとなり、新しい可能性を見つけることができました

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原 綾香 HARA Ayaka

学芸学部情報科学科 2014年卒業

現在、日本マイクロソフト株式会社でソフトウェアエンジニアとして働く原綾香さん。お客様である法人企業に対し、課題を解決するための新しいソリューションの開発やAIテクノロジーなどの最新技術の提供を行っています。 「チームメンバーは全て外国籍で構成されていて、日本だけでなくさまざまな国のプロジェクトに携わることもあり、非常に刺激的でグローバルな環境です」と原さんは言います。 高校時代からプログラミングなどに興味がある理系女子だったのかと伺うと、3歳のときからずっとヴァイオリン奏者を目指し、レッスンづけの日々を送っていたと思いがけない答えが返ってきました。 大人になった今、小さい頃に思い描いていた音楽の世界とは、まるで畑違いのシステム開発という分野において活躍する原さんの転機と技術的素地を作ったのは、情報科学科で学んだ4年間でした。

音を「奏でる」から「学ぶ」道へ

ヴァイオリン奏者の道ではなく別の道を進みたい。

そう考えたのは、コンクールへの出場が増えていくうちに、このままではヴァイオリンが嫌いになってしまうと危機感が生まれたからです。小さい頃から慣れ親しんできたヴァイオリンはずっと好きでいたいという思いがあり、進路を方向転換することにしたのです。

大学で何を学ぼうかと考えたとき、興味があったのはやはり「音」でした。ヴァイオリンは指の置き方を変えるだけで音色が変化したり、また、コンサートホールによって音の響き方が変わったりすることを、小さい頃から体感してきました。その理由を周りに尋ねても「そういうものだから」という返答ばかり。良い音とは何なのか、音が変わる理由は何なのか、音の響きに対して理論的な答えを見つけたいという思いにかられました。
「音」について専門的に学べる大学はどこか。ネットで「音」や「音響」というキーワードで検索する中、ヒットした大学の一つが津田塾の情報科学科でした。

しかし、入学してみると、原さんがイメージしていた「音」の違いを理解するための研究はできませんでした。 

情報科学科では、1年生はプログラミングの基礎を学びます。授業ごとに課題が出て、また、その量が多く、こなしていくことで精一杯でした。課題が終わらず実家に泣きながら電話している友人も見ました。
 今でも覚えているんですが、入学してすぐにJAVA(プログラミング言語)を使ってマインスイーパ(パズルゲーム)を作るという課題が出ました。作業しているとすぐに爆発するし、興味はもてないし、「音」なんて全然関係ないしで。

「こんなの作りに来たつもりではなかったし、この作業に何の意味があるの?」という思いになりました。

それでもそのハードな状況を乗り越えられたのは、津田塾ならではの雰囲気のおかげだと思っています。緑いっぱいの森の真ん中に赤い屋根の本館が建つ小平キャンパスは、まるでシルバニアファミリーの世界のようで(笑)。通っている学生とはみんなすれ違ったことがありそうなほどこじんまりした環境の中で、少人数授業ばかり行われます。どの授業も主体的に参加し、発言をしなくてはいけませんでしたし、その分先生たちも面倒見がよく、質問しやすい雰囲気がありました。「最近どう?」なんてフランクに声をかけてくれる先生も多かったです。 
津田塾大学 小平キャンパス 本館

自己表現の一つとなったプログラミング

2年生になると、プログラミングを学ぶことへのモチベーションが上がり始めました。きっかけは、スタートアップ企業でのエンジニアのアルバイトでした。このことで大学で学んでいる知識が外の世界ではどのように使われ、また身につけた技術が通用することを知ったのです。辛かった学びが、社会において実際に活用できることを経験し、プログラミングの作業が楽しくなっていきました。
3年生からは、これまで身につけてきた技術を使い、自分のアイデアを形にすることを少しずつ始めました。

学内では、iOSアプリケーションをつくる授業があり、朝起きることが苦手な自分のために目覚ましアプリを作りました。パズルを完成させないとアラームが止まらないというものでしたが、作ったものが自分だけでなく、友人にも使ってもらえたことが嬉しかったです。

学外では、友人とともにビジネスコンテストに参加。情報科学科はビジネスを学ぶ場ではないのですが、先生がアイデアをまとめるためのアンケートを配付してくださったり、意見を下さったり、温かくサポートしてくれました。

ビジネスコンテストでは、学生のアルバイトの勤怠状況等を企業側に提供し、その経歴を見て企業が学生に求人オファーをかける相互システムの構築を提案しました。4年生では、このアイデアをベースに、ソフトウェア関連分野で若い逸材を発掘・育成する目的で行なわれている「未踏IT人材発掘・育成事業」(経済産業省所管の独立行政法人情報処理推進機構が実施)に応募、採択されたことで、アイデアをWebやiOSのアプリケーションとしてシステムを構築することができました。

これらの経験を通して、プログラミングは基礎が重要だと感じました。

基礎があるからこそ、自分のイメージを表現することができる。それはヴァイオリンも同じです。音楽とプログラミングは、全く違うものと思っていたものでしたが、そこには少し通じるものがあるのだと気づかされました。

 

プログラミングを好きになる入り口作りに奔走

プログラミングを学ぶことで、音楽以外の表現手段を手に入れた原さん。自身で作る喜びを体験すると同時に、もう一つ、夢中で取り組んだのは、そのスキルを自分よりも下の世代に伝えるということでした。

原さんは、4年生の春、中高校生向けのIT教育を行うライフイズテック株式会社にアルバイトとして採用されました。
当時のライフイズテック株式会社は、アパートの一室に4、5人の社員が働くという会社で、こういう世界もあるんだと新鮮に感じました。最初は、電話営業のアルバイトとしての採用だったのですが、だんだんと中高生にプログラミングを教えるワークショップにもメンターとして参加するようになりました。

メンターをやることで、初めてのプログラミングにキラキラと取り組む中高生たちの姿を目の当たりにしました。こんな風に人が何かに初めて触れる瞬間を見る機会は、普通の生活ではほぼないことです。また、初めての体験で楽しいと思ってもらえたら、プログラミングのことは絶対に好きになると感じました。自分は、好きになるための入り口を作っているんだと思ったら、この活動にどんどんとのめり込んでいきました。

大学卒業後、私は、このライフイズテック株式会社に就職をしました。

大手のIT企業に内定をもらってはいたのですが、中高生向けのメンターと同時にワークショップの運営などにも携わるようになり、大きな会社とは違い、より自分の思いが反映されることに魅力を感じたからでした。

大学の課題に、「未踏プロジェクト」などの課外活動、さらにスタートアップ企業でのアルバイトなど、友人からは「予定を詰め込みすぎだ」と笑われたりもしたけれど、やりたいことはパンクするまでやりきり、達成感をもって津田塾を卒業することができました。

 

奏者とプログラミングの経験を活かし英国で「音」の研究

社会人として中高生を対象に全国各地でITキャンプやワークショップに奔走する2年間を過ごした後、原さんは退職。イギリスの名門、エジンバラ大学大学院に留学を決めます。プログラミングやそれを教えることに魅了されながらも、原さんの中には、高校生の頃の「音」を学びたいという気持ちがありました。時間を見つけてはヴァイオリンや音の研究に関する論文を読む中で、音楽に関して科学的なアプローチの研究ができる音響工学を学べる場があることを知ったのです。
大学院では、かねてから取り組みたいと思っていたヴァイオリンの運指について研究をしました。ヴァイオリンにおける運指決定は非常に難しく、初心者の運指と中・上級者の運指には差があり、プロであっても楽曲ごとに最適な運指を試行錯誤の上で決定していきます。私は、ヴァイオリニストからデータを集め解析し、演奏者にあった運指を推薦するアプリケーションの開発を進めました。
私の強みは、ヴァイオリンを弾いてきた経験により、奏者の視点をもっているということ。データの分析からだけでなく、奏者にとって現実味のある運指を理解できていました。

そしてもう一つ、プログラミングの知識と技術があるということです。音の解析をするにも、ある音を再現するシステムを作るにもプログラミングがとにかく必要でした。

ヴァイオリンにプログラミング。

これまでの経験があったおかげで、研究結果を論文だけではなくアプリケーションというシステムの形にまで落とし込むことができました。

高校生のとき「音響」という言葉だけで、言ってしまえば間違えて入学した大学でしたが、その選択が本当によかったのだなと感じています。高校生のときにやりたいと思った「音」の研究にはプログラミングが必要だったのです。だから、結果オーライでしたね(笑)
「プログラミングは小さな成功体験の積み重ねで出来ているように感じています。バグを潰すなど苦しい場面もありますが、小さなパーツを積み重ね、組み合わせて、自分が作りたい大きなものができていくように思います」

と原さんは言います。この言葉はまるで原さんの学生時代のようだなと感じました。苦しい時期を経て、さまざまな分野での小さな成功体験が組み合わさっていく。その経験が自分をやりたいことができる場所にたどりつかせてくれるのです。

IT×音楽のように好きなことがつながる場を作りたい

大学院を修了後は帰国し、日本マイクロソフト株式会社にソフトウェアエンジニアとして就職しました。これまでに身につけてきた機械学習や音響の知識・スキルを使い、グローバルな環境でエンジニアとして実存する課題に対しチャレンジしたいと思ったからです。

楽器に直接関わる仕事も考えたのですが、IT業界から音や音楽と関わっていく方が、テクノロジーを使うことで世界中の人へよりインパクトを与えられるため、やりたいことに近いと感じたことも大きかったと思います。

実際に担当している仕事は、世界中にある法人企業である私のお客さまが、課題解決のために必要としているAIを活用した情報システムやクラウドサービスなど大きなシステムを作る際のプロトタイプと呼ばれるシステムの試作デザインを行うこと。

もう一つは、マイクロソフトが持つ最先端の技術情報を理解し、お客さまに活用いただくアイデアとなるようトレーニングの機会を提供することです。

誰よりも早く最新技術を学び、お客さまと共に世の中にサービスとして提供する仕事なので、自分自身が日々スキルアップする必要がありとてもチャレンジングですが、実際に手を動かしてものづくりもできるのでとても楽しくもあります。
この学んだ技術をお客様に提供するという今の仕事は、津田塾でプログラミングの技術を学び、アルバイトで中高生向けに教えていたことと同じで、それを社会人の立場でやっているんです。それがなんだか面白いなと感じています。

また最近、大学院時代に出会った仲間たち、世界各国にいる、音楽とプログラミングが大好きなメンバーと一緒に、休日に音を使ったアプリケーションの開発を進めています。

将来は、ITと音楽を掛け合わせたサービスを作っていきたいという思いがあり、それがどんな形になるか今はまだわからないけれど、自分がこれまでやってきたこと、好きなことが繋がる場所になるといいなと思っています。 
津田塾は、海外でも活躍できるスキルを身につけることができる、原さんにとっては選択肢や可能性を大きく広げる場所となりました。小さなシルバニアファミリーみたいだと思っていた世界は、大きな世界に繋がっている場所でもあったのです。
今だからこそわかるのですが、津田塾のように、 女子大で、かつ英語とプログラミングを集中して学べる大学は、非常に珍しいのではないでしょうか。最近では社会人がお金を払ってこれらを学んでいることも多い中、津田塾では少人数で、気軽に質問ができるアットホームな環境で学ぶことができます。

高校生のうちに将来の目的がないからと言って焦る必要はありません。津田塾に来れば、可能性を別の形に広げることができますよ。だから是非、やる気がある人には津田塾をお勧めしたいです。
 
[ 聞き手・文:太田あや(ライター)・撮影:赤松洋太(カメラマン) ] 
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