英語と日本語から「ことば」をみつめる

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井川壽子 IKAWA Hisako

津田塾大学学芸学部英文学科(現、英語英文学科)卒業。大学卒業後、大手電子機器メーカーに翻訳スタッフとして就職。しかし、英語学への興味が途切れることはなく、その後日本とアメリカの大学院での研究を経て、津田塾の教員となる。井川教授が感じる、言語学の魅力とはどのようなものなのか、言語学に興味をもったきっかけを交えながら話を伺った。

主な研究内容は、英語学、言語学(意味論、構文論、日英語の対照)など。「日英語の比較/対照言語学Ⅰ」、「意味・語用論」、「英語学セミナー」などの科目を担当し、学生が自ら、心躍らせ取り組むテーマをみつける手伝いをすることを心がけている。
創立以来、独自の教育プログラムで日本の英語教育をリードし、時代に合わせて発展させてきた津田塾大学。教員それぞれが専門とする領域の研究を中核としながら、大学のアイデンティティでもあることばの教育に力を入れており、文系・理系問わず、すべての学生を対象に、「聞く」「話す」「読む」「書く」の4つの技能を習得させ、必要な情報を収集したうえで、論理的に考えを構築する能力を備えた人材を育成しています。学芸学部英語英文学科の教員であり、自らも津田塾で学んだ井川壽子教授に、津田塾のリベラルアーツの伝統と英語教育の特徴について話を伺いました。

「学校で教わる英文法」 への疑問から言語学に興味が芽生えた

私は子どものころからことばの不思議さ、例えば会話の中における相槌の役割やパターンについて、考えたり分析したりすることが好きでした。本を読むことも好きでしたが、どちらかというと、文学的なものについて議論するよりは、ことばそのものの仕組みについて考えたいという思いが強かったのです。
中学・高校の英語の定期テスト等では、たとえば、There is a cat under the tree. という英語の存在文を「木の下に(一匹の)猫がいます」と訳すと正解なのに「猫は木の下にいます」と訳すと不正解……というようなケースにでくわすことがあります。当時はその違いがどこからでてくるのかについて教えてもらえる環境はなく、もっと知りたい、学びたいという思いが募っていきました。英語のthereではじまる存在文 は、「おや、こんなところに猫がいるぞ!」というように、ものの存在や出来事の出現を発見したときに発する「ニュース文」です。一方、The cat is under the tree.のような文は、既に存在を知っている「例の猫」がどこにいるかについて述べた「所在文」であるため、文の役割が異なります。
その違いを、日本語では、「が」と「は」の一文字だけで表し分けることができますが、授業でそのような説明がされることはあまりなく、当時、生徒として、釈然としない思いがありました。当時の思いが頭のどこかに残っていたのか、津田塾大学の3年次にThere構文について論文を書いたことを覚えています。

大学進学の際に津田塾を選んだのは、影響を受けた国語の先生のすすめと、津田塾なら言語学をとことん学べそうだと考えたからです。また、評論家の犬養道子氏や医師で文筆家の神谷美恵子氏が若いころに学んだ大学ということも、大きなインパクトがありました。
入試では現在同様、記述式の問題が多く、「書くこと」に重点を置く大学なんだと感じたことをよく覚えています。実際に言語学を学ぶ環境として津田塾は非常に充実していましたし、一人ひとりにじっくり向き合ってくれる先生方も多く、自分の興味関心に思う存分没頭することができたと感じています。
 

津田塾大学で学生時代を過ごされ、現在は教壇に立ち、異なる視点で大学を見てきた井川先生に、津田塾の特徴と魅力を伺います。

熱心な学生が 全国から集まる大学

私は和歌山県の田辺市という町で育ち津田塾へ進学しましたが、津田塾には北は北海道から南は長崎の五島列島、鹿児島の奄美大島、沖縄まで、全国各地から学生が集まってきます。その理由はやはり本学のもつ長い歴史とリベラルアーツを大事にする土壌があるからでしょう。

「学びたい」というモチベーションの高い学生が多く集まる傾向は今も昔も変わっていないと思います。私が学生だった頃から、何かを成し遂げたい、揉まれて強くなりたいという学生のエネルギーがぶつかり合い、互いに切磋琢磨していく環境がありました。このキャンパスに来ると皆不思議と勉強してしまうという土壌があるようです。また、学生の社会問題などへの共感度の高さについては、他の大学でも教鞭を執っている講師の先生方からもよく伺います。達成意欲が強く、正義感が強かったり、粘り強かったりするタイプの学生が多いため、在学中に大きく力を伸ばす傾向が強いと感じます。

もう一つ、特徴的で面白いのは、先生や親、親せき、先輩たちの影響を受けて入学してくる学生が多いという点。影響を受けた人が津田塾出身だったから自分も入学を、というケースもあると聞きます。開学以来の精神が生かされた小規模な大学で教員や学友と距離が近い点、年間を通じて課題が多く勉強にしっかり向き合う点など、いわば「硬派」の道を歩んでいる津田塾の印象が人づてに高校生に伝わっているということでしょうか。




コラム <伝統ある津田塾の授業「総合」>

学生と教員とがともに創り上げ、外部から講師を招き、学外にもその知を公開していくというスタイルが伝統的に存在するということも津田塾の開かれた学びの特徴と言えます。
私にとって津田塾の学びで印象的だったものの一つが、現在も開講している「総合」という授業。この科目は、テーマを設けて毎回外部から講師の方を招き地域の方々にも公開する形をとっています。学生と教員とが熱い議論を繰り広げて創り上げるスタイルの授業なのですが、世界でいろいろな経験をしてきた講師の方々や、学生が想像もしていなかった仕事に携わっている講師の方々のお話は本当に刺激的で面白く、衝撃を受けたことを覚えています。当時私が受講していた時のテーマは「教育の再生を求めて」というもので、現代にも十分通じるテーマだと思います。

【plum garden】「総合」ってナニ?津田塾で30年以上続く「不思議な」授業

ことばの形と意味 普遍性と多様性

私の専門は英語学、言語学です。世界のさまざまな言語は、文字も発音も多様であり、文法の形式も一見全く異なっているように見えますが、一方で「人間のことば」としての共通した性質をもっていることも事実です。そのようなことばの普遍性と多様性との関係について研究することは大変面白く、興味が尽きることはありません。
私は英語と日本語および、その他の言語間の比較に興味があり、それぞれの言語において形式と意味がどのように結びついているかについて研究しています。例えば、日本語や韓国語には「は」と「が」に相当する助詞の区別がありますが、そのような区別は英語にはありません。英語においては、それに相当する役割の一部を音声的なもの(イントネーション)の区別が担い、また、その一部をaとかtheとかの冠詞が担っているといえるかもしれません。ある言語にみられる認識や判断の型を、言語一般としてみたとき、どのように言語形式に投影されるのか、興味深いです。

また、ご存じのように、日本語は主語を省くことが普通にあります。むしろ、主語があると、不自然になってしまうケースが多いのです。例えば、「私はおなかがすいたので、私はいったん帰ります」という表現よりも、「おなかがすいたので、いったん帰ります」と言うほうが自然ですよね。しかし、英語では、通常、主語を省くことは許されません。主語どころか、文脈でわかっていても、目的語や所有格をはじめ、埋めるべきスロットはすべて埋めなければならないのが英語です。I have a ball in my hand. I’ll give it to you. というふうな具合です。日本語なら、話し相手に示しながら、「さしあげますね」で済まされるところです。
そのため、英語ではyou/your、he/his/him、she/herといった代名詞が頻繁に登場しますが、日本語ではそうではありません。「あなた」「彼」「彼女」という言葉はぎこちなく、誰に対しても、どんな場合にでも使えるような言葉でないことに気づくと思います。身近なところにも、ことばの謎はいたるところにあります。そういう現象を見つけながら、英語、ドイツ語、フランス語…というようなヨーロッパ系の言語や、日本語や韓国語のようなアジア系の言語など、身近にある言語、自分が興味をもった言語の姿を観察していきます。
英語学という分野に長く向き合ってきた井川先生。そんな井川先生から見た、津田塾大学の英語教育の特徴、また担当されている「英語学コース」での学びのポイントを伺います。

自ら学ぶ力を育てる 津田塾大学の英語教育

津田塾大学学芸学部の英語教育の特色は、「運用の英語」と「専門・教養の英語」を分けて考えず、一人ひとりが専門とする分野で存分に力を発揮するための英語力を一体的に養成していくところにあると思います。1・2年次の英語から3・4年次の英語まで段階的に、有機的につながっていく教育を行っています。
したがって、津田塾では、英語を単なるツールとして切り離して捉えているわけではありません。例えば、学生は、TOEIC、TOEFLのような一般にいわれる外部機関のテストの指標を意識しすぎることなく、長いスパンで大学での学習を進めていると思います。ちょうど私たちがそれぞれの職業人生にあって、品格ある高度な国語力をつけることをめざしているように、個々人にとって必要なことばの力を醸成していきます。語学の学習は、いわば、時間を食いつくす怪獣とのつき合いを始めるようなもので、英語をはじめとする外国語の習得には、おびただしい時間とエネルギーを要します。母語と同じレベルの外国語の使い手にはめったにお目にかかれないことでもわかるように、「ことば」とは熱意と関心をもって一生かけて学ぶ性質のものであり、津田塾では学び続けるための知恵と持久力を養うプログラムを提供していると思います。
なかでも私が力を入れているのは、ライティングの分野です。英語の4技能の中で「聞く」「話す」が注目を集めがちですが、「書く」ことはもっとも自分で修業することが難しいものです。それは、書いた原稿が英語という言語のロジックに沿っているかなど、自分で気づきにくいからです。たとえば、日本語で「みんな、(そのおもちゃ)持ってるよ。」などというときの「みんな」は、必ずしも全員をさしていなくてもいいわけですが、英語で、Everyone has that toy.というと、一般的には(話題になっている人)ひとり残らず「全員」でなければなりません。
また、英語のIf…, then….は、述べた内容が、条件と帰結になっていなければなりませんが、日本語の「もし~ならば、~」は必ずしもそうでなくてもいいわけです。たとえば「もし、あの先輩に会えれば、問題は解決するんだけれど。」という日本語を、英語のIf …, then…の形に合わせてそのまま日本語文を直訳したとしても意味をなしません。英語の論理の発想であれば、その先輩に会えて、事情を説明し、なんらかの助けを求め、先輩がそれに同意し、実際に対策を講じてくれ、それが効を奏してはじめて、その問題が解決するからです。ことの始まりとゴールの部分だけを取り出して、英語のIf節の文で述べてみようとしても、うまくいかないのです。
このように、学習者が外国語である英語を書くということは大変なことなのですが、社会人になってからも、企画書などプロジェクトの提案は、必ず文書によってなされ、それによって相手を説得しなければなりません。また、プロジェクトを提案する以前に、基礎となる人間関係の構築においても、「相手に敬意を表して、ものを書く力」があるかどうかは、決定的な役割を果たすことになり、個人のスキルの差がはっきりと表れます。英語における敬語の使い方は、時制や仮定法や法助動詞などが正しく使える力、すなわち高度な英語の文法力がものをいいます。

津田塾では、セミナーはもちろん、他の講義科目においても、論文やレポートを書いてもらうことが多いのですが、授業で一定時間指導していれば、学生の成長が手に取るようにわかります。論文であればアウトライン作成の段階、草稿の段階、面談に基づいて何度か草稿の手直しをした段階といくつかのプロセスを経るうちに、英語の文章が見違えるようによくなります。その過程を、最終的には自分ひとりで、いつでもたどれるようになることをめざしているといってもよいでしょう。4年間、英語で論文の執筆を繰り返すことで、文献を読む力に加え、何が必要なのかを自分で判断し、英語で論を展開する力が着実にアップしていきます。常に自問自答し、考えを進め、走りながらことばを紡いでいくということですね。
先にも述べた通り、英語を学ぶ道のりは大学だけで完結するわけではなく、生涯にわたって続いていきます。だからこそ、強い動機を維持することと学ぶ手法を修得することが肝要です。たまたま教員に指摘された箇所を直すとか、よく出てくる表現だけを覚える、というような、行き当たりばったりの受け身の学習の仕方ではなく、ことばに向き合う感性を磨き、英語の構造と英語民族の表現法のロジックを理解し、経験が増すにつれて自ら内容を厚くしていく姿勢を身につけてほしいと願っています。そのためには、先人たちが築き上げた辞書類の豊かな情報を引き出すことや英語の魅力があふれるような文章を味わい、自らの身体にしみこませていくような学び方も知っていく必要があると思います。

「英語学コース」でのユニークな学び、学ぶ楽しさ

私が担当する英語圏言語文化専攻の「英語学コース」は、「ことば」そのものに焦点を当てて学ぶコースです。英語という言語の音、形態、統語、意味、語用のしくみ、言語と文化・社会・歴史との関係性をはじめ、人はどのように言語を獲得するのか、どのように言語を理解し発話するのか、また脳科学や心理学との関係など、あらゆる面から言語について考えていきます。
カリキュラムとして、共通科目の枠で1年次から履修可能な「ことばの世界」、英語英文学科の学生の多くが履修する「英語学概論」をはじめとして、以下に記すように、英語学の科目が非常に充実しています。英語という言語について、さまざまな角度から学んでみたいと思う人にとって、津田塾大学は非常に恵まれた環境だと思います。これらの科目の履修と並行しながら、学科のセミナーではさらに学生一人ひとりが自分の興味のある分野について、深く掘り下げて研究することができます。
【英語英文学科の英語学分野に関連する授業(例)】
  • 「音声学」・「音韻論」・「形態論」・「意味・語用論」
  • 「文法論」・「英語学特殊講義a/b」・「英語史」
  • 「中・古英語」・「社会言語学」・「日英語の比較」

英語学以外にも、英語英文学科は、英米の文化、社会、文学、英語教育、バイリンガリズム、異文化コミュニケーション、メディア研究、英語で日本関係の研究をするJapan Studiesなどさまざまな分野を専門とする教員が30人近く集まっています。

テーマに沿って、学生たちが持ち寄った具体例をもとに意見を闘わせ、議論が盛り上がる瞬間は、教員にとって非常に楽しく、充実した時間です。最終年次のセミナーや卒論で取り組むテーマを決めるまでには、学生たちはさまざまな方向から学びを深めていきます。その過程で、多くの選択肢の中から、より絞りこんで探究するための切り口・視点・方法が見つかるようサポートするのが、私たち教員の役割ですし、また、見つけたテーマを徹底的に深められる環境が整っています。学生たちの研究テーマは多岐にわたります。英語学コースでは、英語の歴史に関するもの、言語変化に関するもの、英語の発音とつづり字の乖離、形態、統語、意味の現象に関するもの、言い間違いや言語獲得・言語学習に関するもの、英語学と英語教育との接点など。このほか、赤ちゃんに話しかける母親のことばの特色や、人が会話するときに単語を頭の中から呼び出すプロセスに焦点をあてたものなど、いろいろな領域から学生たちはテーマを選びます。

津田塾大学への進学を志す高校生のみなさんへ

英語の勉強においては近道をしようとせずに、英語の骨格を理解しようとする姿勢が大切だと思っています。この先、どんな言語の使い手をめざすとしても、まずは母語である日本語をしっかりと学んでほしいですね。本をたくさん読み、ぜひ、ことばに対する鋭い感性を磨いてほしいと思います。

大学では「問い」を探すことから学びが始まります。たとえば、英語に限らず、数学、物理、世界史…など現在志望している分野と直接関係しないと考えられるような科目についても興味をもって勉強しておくことが重要だと考えています。いろいろな分野の勉強に触れ、論理の力の鍛錬をしておくことは思考の土台形成に役立ち、大学在学中、そして卒業してからもずっと、判断力の礎となり、力を入れていきたいと思える分野との出会いにつながっていくはずです。



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