失敗のための「ものづくり」と、自主性のための「無茶ぶり」

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栗原 一貴 KURIHARA Kazutaka

東京大学大学院情報理工学系研究科コンピュータ科学専攻博士課程修了後、独立行政法人産業技術総合研究所で研究に従事し、2014年より学芸学部情報科学科准教授、2019年より同教授に。2012年イグノーベル賞、2016年情報処理学会山下記念研究賞、2017年情報処理学会論文賞を受賞。著書に『消極性デザイン宣言』がある。
津田塾大学における情報科学の専門教育には歴史と実績があり、多くの卒業生を社会に送り出してきました。情報科学科で教鞭を執り、エンタテイメント・システムの開発を専門とする栗原一貴教授に、テクノロジーの可能性、そして学生への期待を聞きました。

コンピュータが世界を救う

わたしは、小学校のときから面倒くさがりだったんです。コンピュータって人間が嫌がるような計算を、休みなくすごい速さでやってくれますよね。これはすごいと思って触れ始めたのが研究のきっかけです。運がよかったです。年が進めば進むほどコンピュータが発達していくんですから。

急速にコンピュータが世の中に浸透して、自分の研究の対象もどんどん広がりました。最初は計算が楽にできただけだったのに、いつのまにかコンピュータを通じて行えるコミュニケーションが豊かになり、地球、環境問題にも寄与するようになった。いまは誰でも1人1台、コンピュータやスマートフォンをもっているので、できることが格段に増えました。世の中で社会問題とされているものの大半に情報技術が貢献できることは疑いようがないと思います。 

テクノロジーで人を助ける

基本的にわたしは、困っている人を助けるために、どう情報技術を使えばいいのか考えています。スマホが身近になり、もともとコミュニケーション力がある人は、どんどん友達付き合いを広げられるようになりました。ただ、その影で大量の情報に苦しんでいる人もいると思います。

人がもつ時間と、物事に割ける労力は有限です。だからいつでも誰とでも繋がれる状態は、時間の削り合いになります。どこかで折り合いをつける必要があるんです。情報システムをデザインして、人間同士のコミュニケーションを豊かにしないといけません。
栗原教授が開発した「人の迷惑を顧みずしゃべり続ける人の話を邪魔するスピーチジャマー」(イグノーベル賞受賞)
話している人の声をマイクが拾い、0.2~0.3秒遅れて、本人に声を送ることで、脳を混乱させ、話し続けられない状態にする

研究者を超える学生求む

セミナーでは最新の研究論文を輪読するんですが、「この論文について、この研究者が考えているよりも面白い例を何か考えてください」と、大喜利のように無茶ぶりしてみたりします。結構高頻度で、自分では思いつかなかったようなアイデアがよく出てきて、ワクワクしますね。教員と学生の垣根なく議論しているときが、いちばん楽しいです。

学生の研究テーマを、学生自身が見つけてくることも多いんです。大枠として研究のトレンドを説明した上で、学生のアイデアを聞いて研究として新しいポイントを見つけていってもらいます。

わたしよりも優れた研究が出てくることが普通にあるんですよ。2年前に大学院生が、プロの研究者が一同に介する学会で発表して、賞をとったことがあって……。そういうときは、本当に嬉しいですね。

回復可能な失敗、ご用意します

情報科学科では3年次にアイデアを出して、プロダクトを作り、その成果を発表するというプロジェクトを一通りやってもらいます。そうしたことに、長期間にわたって、1人もしくはグループで動くのは初めての学生が多いんです。そのため、スケジュール管理に失敗し、悪くない着眼点なのにいびつなアウトプットになって悔しい想いをする学生が結構います。締め切り間際になって、大切な情報を間違ってすべて消してしまったり……。

実は、わたしはそれを横でしめしめと思っています。ミスが起きたらニコニコしながら、「今それが体験できてよかったね」と伝えるんです。ミスを防止するための「転ばぬ先の杖」のようなノウハウはいくらでも教えられますが、自分が転んでショックを受けないと、全然耳に入らないですからね。大学生のうちに失敗できてよかったと、理解してもらうんです。

回復可能な失敗を用意してどれだけ自発的に考えさせるかが、教育の大切なポイントです。もちろん卒論には締切があるから、泣くに泣けない場合もあります。ただ技術、手法もあるから、それを使って乗り切っていけばいい。そういった長期的にしか価値がわからないし、身につかない知恵というのを、特に与えなきゃいけないと思っています。

「出会い」を科学せよ

あとは、企業との共同研究も積極的に行っています。具体的には、人と人を引き合わせるためのサービスを運営されている会社と一緒に、出会いたいと思っているけど消極的でチャンスがない人同士を繋ぐための研究をしています。いま力を入れているのは、「出会いを、どう科学するか」についてです。

実は学生にも、卒業研究でもこの問題に取り組んでいる人がいます。例えば、写真を見ただけでイケメンかどうかを判定するシステムとか、いつぐらいの時期に異性に声をかけるとよいかの統計分析など……。企業も、そんな女性ならではの視点を求めているんです。

もっとすごいことをやってくれ

私が学生のときは、がむしゃらにやっていて、なかなか思ったようなものにたどりつけないことも多かった。いまの学生は質も高く、お互いに盛り上がれる話題にも事欠かないようで、うらやましいと思うことも多いです。発表の機会も、勉強も、交流も選べる立場になることも多いですからね。

津田塾の学生には、「できる」人が多いと思います。ただ、自主性をどう出したらいいか攻めあぐねているなと思うところもあります。それを引き出すため、例えば最近は、ハッカソンや外部が主催するイベントの紹介などにも、力を入れています。やれる力があるから、もっとすごいことがたくさんできそうなのになと、素直に思っていますから。
[ 文:矢代真也(編集者/ライター)・撮影:赤松洋太(カメラマン)]
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