日本人とは誰なのか? 他者を理解するために自分を知る

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クリス・バージェス Chris BURGESS

イギリス、ダラム大学卒。1992年山形に英語教員として初来日後、イギリスに戻り日本研究で修士課程に進学。その後再度来日し愛媛大学に留学。オーストラリア・モナッシュ大学で博士号を取得し、2004年津田塾大学学芸学部国際関係学科専任講師、2007年准教授、2014年より教授。
グローバル時代に対する幅広い視野と洞察力を養い、国際社会で活躍できる女性を育成する国際関係学科。世界と向き合うために日本人が学び、考えるべきことを、クリス・バージェス教授に聞きました。

偶然学ぶことになった日本

もう30年近く前になりますが、イギリスで大学を卒業したわたしは、世界を見たいと思っていました。言語学を勉強していたので、英語は教えられると思いさまざまな教育機関に申し込んだ結果、偶然山形への赴任が決まりました。当時日本語の知識はゼロでしたが、山形での1年間を経て、日本に興味をもちました。日本語も文化もしっかり学びたいと思い、イギリスに戻り、日本研究の修士課程に入りました。本当にきっかけは偶然でした。

つまり、研究を始める前に、日本が好きになったんです。わたしの母国イギリスと日本には共通点がいろいろあります。島国であること、お互いに尊敬し相手のことを考える気質、治安がよく住みやすい環境……。実は個人的には、イギリスより日本のほうが落ち着きます。もっと言えば、自分のことを日本人だと思ってます。 そう日本人に言うと驚かれますが、それも「日本人」のアイデンティティをいかに定義するかの問題だと思っています。 

全ては自分の国を理解することから

日本人とは誰なのか? このカテゴリーに入るのは誰で、誰がそこから排除されるのか。それをまず、定義しないといけません。わたしは学生にこう尋ねることがあります。「たとえば、わたしは日本語も話せるし、日本文化も詳しく知っています。もしも、そのうえ、日本に帰化して日本国籍を取ったとしたら、みなさんはわたしを、日本人として認めてくれますか?」。すると、みんな考え込んでしまうのです。イエスと言いたいけど何か違うという感覚をもつようです。そこから、日本人の定義を考え始めてもらいます。

文化を研究するためには、日本や日本人を定義しないといけません。大多数の日本人にとっては、当たり前のことですから、それほど深く考えたことがないかもしれません。

まず自分の国を学び、理解すること。それが全ての研究のベースになります。これは言語と同じです。まず母語の知識をつけなければ、ほかの言葉がうまく修得できないのです。

みなさんも、留学するとまず日本がどんな国か尋ねられるので、英語で説明するシーンに出会うでしょう。しかし、慣れないうちはなかなか説明できません。なので、日本について説明するには、留学に行く前にその準備をする必要があるのですが、わたしの授業での経験が、その準備になります。まとまって言葉が出ない、ちょっと恥ずかしい……。そんな経験を、留学の前に体験できるのです。

まず、伝えることを考える

コミュニケーションという側面からいえば、英語での学術論文の書き方とプレゼンテーションには、かなり力を入れています。英語でも日本語でも、これらのコミュニケーション能力は卒業してからも使える基本的なスキルですからね。

自分が書いた文章が、ちゃんと伝わるものになっているか。プレゼンするときに、どうやって自分のメッセージをオーディエンスに伝えればいいか。もちろんこれらのことを英語でできるとプラスになりますが、まず日本語で始めるべきです。英語でチャレンジしてみて、複雑なところは日本語に切り替えてもOK。

いちばん大事なのはオーディエンスの顔を見て、理解できたかどうかをくみ取ること。英語で説明して伝わってなければ、日本語に変えればいいんです。最初はみんなメモを見ながら話すので、オーディエンスに対する意識がありませんが、相手に伝えるという目的達成のためには、まず受け手のことを考えないといけません。

理解するために批判的視点をもつ

学生には、ルールを守ったうえで自分らしくなってほしいと思います。スキルは教員が与えることができるので、それを自分なりに活かして、オリジナルの道を見つければいい。そういう点では、国際関係学科での学びにより、視野を広くもてるようになるはずです。

それは、批判的な視点といってもいいかもしれません。たとえば、レポートを書くときに自分の意見ではなく、賛成反対両方のエビデンスを探し、丁寧に分析して結論を導くよう指導しています。自分ではない他人の解釈を研究するために、異なる立場の資料や調査を通して違う結果が出ていることを知ってもらうのです。

ディベートをすると、はじめ学生は「あなたはそう思うかもしれないけれど、わたしはそうは思わない」と発言します。ただ、ディベートに自分の意見は関係ありません。必要なのは、自分の主張を相手にも納得してもらうこと。自分とは違う誰かの立場に立って発表することは、大事なスキルです。そうしなければ、他者を理解することはできませんから。

未来を決めるのは「日本人」

わたしが博士課程で研究していたのは、「日本の国際結婚」でした。戦後のブームは1995年くらいから山形県ではじまりました。保守的な田舎で、少し年上の日本の男性と若いフィリピンの女性が結婚するというパターンが当初は多かったんです。いってみれば内なる国際化です。そこから、日本に少しずつ新しい文化が入り、小さいコミュニティから多様な文化がうまれる可能性があると考えていました。

同じように、トップダウンではなくボトムアップで日本が変わるんじゃないかと考えている人も当時はいました。ただわたしが研究している間には、その変化は起きませんでした。日本が変わるかなと思ったんですが、あまり変わりませんでした。

今、世界に目を向けても、自国に移民を受け入れないという潮流が大きくなり始めています。一方で、日本の抱える大きな問題の一つは少子化ですから、移民を受け入れないとどんどん労働力が不足してしまうでしょう。

個人的には、日本がどのような選択をするのかに強い関心があります。国際化という言葉を耳にする機会が増えましたが、ただのスローガンになっているような気もします。

未来をどうするかは、日本の選択ですから、日本人が決めないといけません。グローバル人材が欲しい、でも移民は受け入れたくない。そんな矛盾が起きていますが、いずれ決めなくてはならない。

日本が大好きで、日本でずっと暮らしていこうと思っている人間として、日本がどんな答えを出すか、見守っていきたいです。
[ 文:矢代真也(編集者/ライター)・撮影:赤松洋太(カメラマン)]
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