グローバルに学んだ経営の知識を活かし
日本企業の強みを世界に発信するサポートをしたい

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遠藤 志保 ENDO Shiho

学芸学部国際関係学科 2013年卒業

津田塾大学で国際経営学を学んだことをきっかけに、「もっと広い視野で、世界の経営学について学びたい」と考え、アメリカの大学院に進み学びを深める決意をした遠藤志保さん。
アメリカの大学院在学中に留学生向けの就職イベントであるボストンキャリアフォーラムに参加し、アクセンチュア株式会社に入社。
現在はマネジメントコンサルタントとして、ビジネスの効率化や再設計について顧客への提案をしています。現在のお仕事について、また、津田塾での学びについて印象に残っていることなどを伺いました。
津田塾で学んだ4年間が遠藤さんにとってどのような時間であったか、現在の仕事や人生にどのように活きているのかを教えてください。

自立した女性でありたいという思いがより強くなった4年間

長男として常に父から期待されていた3歳年の離れた兄。幼いころから成績優秀で、私にとって自慢の存在でした。一方、私はというと、やんちゃであまり勉強が好きなタイプではなく、よく父に叱られていたことを今でも覚えています。しかし、兄が中学受験をした頃から、私も受験したい、父からもっと期待されたいと思うようになったのです。私も無事に合格し、兄と同じ学校に通うことになりました。中高一貫校だったため、兄は高等部におり、やっと追いつけた、と思えるようになりました。ただし父からの期待は相変わらず……。「女性は大学に行かなくても、働かなくてもいい。いい人を見つけて結婚すれば幸せだ」と頑固な父の考えは変わることなく、やはり常に兄のことを気にかけていました。父からの「期待の差」は、当時の私にとっては葛藤であり、現在の私が常に自立した女性でありたいと思う原動力でもあります。

高校生の頃、私が医師になるために医学部を受験したいと伝えたときも、「女性が医者になる必要はない」と父の考えを変えることはできませんでした。父が育った時代の風潮であり、家長として、経営者として家族を守り、経済的に何不自由なく家庭を支えてきた人並ならぬ責任感の強さから発せられた言葉だと社会人になった今では理解できます。しかし、当時は兄との期待の差にただただ葛藤し、女性として生まれてきたことをとても悔しく思ったことを覚えています。

一方学校生活では、中高一貫のバカロレア認定コースを有する学校のもと、のびのび個性を伸ばしながら育ってきた私は、常に「学びたい、自立したい」という思いが強くありました。幼いころ祖父を癌で亡くし、漠然と医師への道を志してはいましたが、一方で父の加護の元ぬくぬく育った自分がさまざまな壁を乗り越えて医師になることへの不安もありました。そんな中、大学選びも終盤になり、もう少し世界規模で自分の視野を広げるためにリベラルアーツを学びたいと考えるようになったのです。大学受験終盤で進路変更をしたため、不安から多くの大学を受験し、最終的にどの大学にするのか、選択するのにとても苦労しました。自分なりに調べたり、経営者でもある父の友人の意見を聞いたりする中で、津田塾の国際関係学科であれば、自分に合った学びを見つけ、幅広い知識を身につけることができると考え、入学を決めました。当時は本当にこの選択は正しかったのか、という迷いもありましたが、現在はこの選択をしてよかった、この決断無くしては今の自分はいないと断言できます。
私にとって、都心から少し離れた津田塾の小平キャンパスは、自分らしさを保ちながらじっくり考えることのできる環境でした。都心にある大学に通っていたら、「周囲に合わせなきゃ」といろいろなことに流され、自分らしさを見失うこともあったかもしれません。津田塾では個性豊かで芯の強い友人とのかけがえのない出会いがありました。勉強はもちろんのこと、例えばミュージカルをやっていたり、お笑いのオーディションを受けたりしているような友人もおり、そんな彼女たちは自分のやりたいこと、自分の意見をしっかりともっています。これまで、それほど自分の意見を主張することが得意でなかった私も、友人たちから大きな影響を受け、日常や授業内で意見を交わし合うことで、自分の意見をもつ大切さを学びました。
幅広い視野でさまざまな分野を自由にそして柔軟に学べることも津田塾の魅力です。例えばアメリカ文化の授業から、もっとその歴史を知りたくなったり、スペイン文学の授業から絵画への興味が湧いたり、退屈だと思い込んでいた哲学の授業が非常に面白かったり……。友人たちとカフェで談笑していてもいつの間にか授業の話で盛り上がり、自然と学びへの意欲を高め合えるような日々を送りました。しっかりと勉強をしないとついていけないというよい意味で厳しい面もありましたが、津田塾には面白いと感じたことをもっと学びたい、吸収したいと思ったらどこまでも突き詰めていける環境が整っています。一つの授業や興味をきっかけに、「自分はこれを学びたい」という分野に出合えるはずです。

津田塾での4年間は、自分の中でどのような女性でありたいのか、どのように生きていきたいのかということを常に考え、そのために何をすべきなのかを一つひとつ自分で決意し、行動に移す重要な時間であったと感じています。当時はアナウンサーの安藤優子さんなど、自立して自分の意見をもち、力強く世間に発信する強い女性に憧れていたのを覚えています。
在学中、就職活動をしながら、アメリカの大学院への進学を決意したきっかけ、留学先で学んだことなどについて聞かせてください。

外から日本を見ることで芽生えた、日本経済を底上げしたいという思い

私がもっと世界を見てみたいと考えた大きなきっかけは、津田塾で受けた「国際経営学」の授業です。過去の著名な経営者の著書などからその考え方などを学ぶ中で、経営の面白さを知りました。また、世界に対する日本企業の影響力がとても低くなっていることに気づき、このままでは日本企業はこれからのグローバルな世界で競争力をもてなくなるのでは、と日本の経営の在り方に疑問を抱いたことも海外へ目を向けたきっかけです。

大学3年次に就職活動もしていましたが、当時は今よりも “総合職” “一般職”という枠組みが濃く、女性の社会進出が世界に比べ遅かった日本の企業に違和感を覚えていました。そんな企業にあまり魅力を感じることができず、世界から日本を客観的に見てみたいと感じて留学を決めました。在学中に、University of South Floridaに合格し、2013年3月に津田塾を卒業後、8月から約2年半、大学院で経営学を学びました。
留学先で言語やバックグラウンドの異なる人たちとの付き合いに壁を感じることがなかったのは、津田塾で過ごした4年間があったから。津田塾には、強い意志と個性をもった友人が多く、授業などでも多様性について学ぶ時間や考える機会が多かったため、さまざまな面でカルチャーショックを受けることなく「経営を学ぶこと」に打ち込むことができました。

日本から世界へ出て経営を学び思い知ったのは、世界では日本企業の価値が想像以上に知られていないという現実でした。留学する前は、日本にはリーディングカンパニーが多いと思い込んでいましたが、世界的に見ると、以前のような影響力はなく、世界を相手に戦えてはいないと気づかされたのです。大学院の授業では、日本の企業が失敗事例として挙げられることもあり、大きな衝撃を受けました。日本には世界に誇れる素晴らしい企業がたくさん存在するのに、人事制度や加速していたグローバル化の時代の中で取り残されている部分もありました。世界に目を向けた「グローバルスタンダード」であるケースが少ないのです。日本の企業のよさを世界に発信したい、世界で戦える競争力をもった企業を増やしたいという思いが強くなりました。就職先としてコンサルティング会社を選んだのは、そのためです。
渡米前は、経営学プログラムを受講するため、大学院入学に必要な英語力、数学的能力、分析思考力を測定するGMATのための試験勉強も行いました。津田塾で実践的な英語が身についていたため、1~2カ月ほどの準備期間で試験には無事合格することができました。さらに、大学院の専攻とは別にアメリカの不動産の資格取得にも挑戦。父が不動産業を営んでいたため、不動産への漠然とした興味は子どもの頃からありました。私にとっては厳しい父ですが、経営者として尊敬もしていますし、自分が仕事をするイメージも、父に重ねていたのかもしれません。「何かに挑戦したい」という思いの原動力には、父の影響も大きいと感じています。そんな中、フロリダという土地柄もありリノベーション物件を見る機会が多く、いつか不動産の知識を海外で活かしてみたいと思い資格取得を目指したのです。

大学院の勉強と並行して資格取得の準備をしていたため、夕方から夜中まで一人、コーヒーショップで勉強するという日々を送りましたが、勉強をする習慣は、津田塾の厳しい授業についていくためにしっかり身についていたので、あまり苦には感じませんでした。むしろ、新たなことを知り、それを具体化していく楽しみを津田塾での学びから存分に得ていたため、がむしゃらに勉強することができたのだと思います。現在は働きながら、日本の不動産の知識も身につけるべく、興味本位ではありますが宅地建物取引士の勉強もしています。大学院を卒業し社会人となってからは、父から事業についてアドバイスを求められることもあり、頼ってもらえることや意見を尊重してもらえることに喜びを感じますし、強い意志で学び続けた甲斐があったと実感します。
現在の仕事を選んだ理由、やりがいなどについて教えてください。

顧客の先入観を「グローバルスタンダード」へ変えていくやりがい

就職先としてアクセンチュアを選んだのは、自由な環境で自分の力を試したいと考えており、ここにはそのような社風があると思ったから。ボストンキャリアフォーラムに参加し、数社から内定をいただいていました。いくつかの企業の方々と接する機会があり、自分の会社の魅力をアピールする企業が多い中、アクセンチュアは、「あなたが自分に合うと思えば入社すればいいし、合わないと思ったら別の選択肢を考えてみるのもいい」という、とても個人を尊重する自然なスタンスだったのです。会社のいいところも、そうでないところも、包み隠さず話してくれたことにも魅力を感じました。この会社なら自分らしさを失わずに、更に成長させてくれるのではと感じ、入社を決めました。

入社後はテクノロジーの専門家として、顧客のグローバル化を支えるシステムの導入など実質的な業務に携わり、現在は経営の専門家としてECビジネスの業務改革のサポートなどを行っています。顧客の業務について「現在の業務が本当に必要なものか」「どのくらい効率化を図れるか」など、小さな業務設計を一つひとつ変えることを積み重ねて、人を動かし、担当した企業が大きく飛躍していく手助けをできることに、やりがいを感じています。仕事を通じて、日本の企業は内向きだと感じることも多いですが、コンサルタントとして顧客の先入観をグローバルスタンダードに変えていく方法を顧客に寄り添って探っていくのは、この仕事の面白さでもあります。顧客から仕事のことだけでなくプライベートの相談を受けたり、ビジネスを越えたつながりが生まれたりした瞬間は、信頼関係を築けていることを実感でき、大きなモチベーションにつながっています。

津田塾大学を目指す高校生のみなさんへ

私のように、「自分が何を学びたいのかわからない」「将来どのような仕事につきたいかイメージできない」そんな人も多いと思います。私自身も高校生の頃には、明確に学びたい分野があって大学を選んだわけではありません。しかし、大学を卒業して社会人として働くようになった今、「津田塾で学ぶことができてよかった」と感じています。個性豊かで芯の強い友人たちとの出会い、幅広い学びの選択肢、学びたいと思ったらとことん突き詰めて学ぶことができる環境……。そのすべてが現在の私自身を形作っており、留学や就職の際の強みとなったのだと思っています。

また、女子大であることから女性としての強さ、女性として社会で活躍するにはどうしたらよいかということを意識する機会も多くありました。入学当初はフェミニズムを語るのはあまり好きではありませんでした。男女平等を語るなら、女性の権利は、と語ることがあまり好きではなかったんでしょうね。ただ、津田に入学してから、日本社会はまだまだ女性が社会的に弱い立場にあり、声をあげなければいけないのだと学びました。現在男性が多い職場で、女性として自分らしく働くことができているのも、そんな4年間を過ごしたからだと考えています。
大学受験は人生の中でも大きな分岐点となるはずです。長い人生の中のわずか4年という期間ではありますが、その間に成人としての自分自身が形成されます。大学生活では学ぶことはもちろん、遊ぶこと、学生時代にしかできない経験をすることも大切だと思います。充実した環境ですてきな仲間と出会い、ともに学ぶことで、どのような大人になりたいのかをじっくりと考え、自分が理想とする自分を見つけてください。
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