第17回 学生スタッフレポート

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『暮しの手帖』のつくり方ーそのときめきとモヤモヤは未来のために

島﨑 奈央 氏(『暮しの手帖』編集長)

みなさん、こんにちは!

「総合2025」第17回、10月30日(木)の講演は、津田塾大学のOGであり、雑誌『暮しの手帖』の編集長として活躍されている島﨑奈央さんにお越しいただき、「『暮しの手帖』のつくり方 ーそのときめきとモヤモヤは未来のために」というテーマでお話いただきました。

今回のご講演では、戦後まもなく創刊され、今年で77周年を迎える『暮しの手帖』がどのような雑誌であるのかというお話をはじめ、今年の3月、島﨑さんが『暮しの手帖』の新編集長にご就任されたことに伴い、リニューアルされた誌面のお話、さらに今年度の「総合」のテーマにまつわるお話など、さまざまなお話を伺うことができました。

その中でも、私の心に残ったお話は、島﨑さんが日々感じる「モヤモヤ」や「ときめき」(今年度の「総合」での「ぼやき・つぶやき」にあたる)から誌面がどのように生まれているのか、というお話です。島﨑さんは、実際の記事を例に挙げ、具体的にどのような「モヤモヤ」や「ときめき」が、誌面の中に反映されているのかということを、丁寧に語ってくださいました。

特に「ときめき」について、島﨑さんは、「『ときめく』のは、『知らないこと』に出会ったとき」だと説明されており、これまで世の中に気づいてもらえなかった小さな声や聞かれなかった話を記事にして、読者に届けてきた島﨑さんだからこそ、紡ぐことのできる言葉だと深く感じました。そして、そのような編集者としての姿勢に感銘を受けたと同時に、その根底には、その時代ごとの空気や読者に寄り添い、自身が感じた「モヤモヤ」や「ときめき」から誌面を生み出していった、『暮しの手帖』の創刊者である花森安治氏や大橋鎭子氏の精神が引き継がれているということを、改めて実感しました。

最後にもう1つ、心に残った言葉をご紹介します。それは、「暮らすこと自体も、自分を表現する方法である」という言葉です。島﨑さんは、料理を例に挙げながら、毎日何を作り、何を食べるかということの中にも、自分自身が表現されているとおっしゃっていました。つまり、何気ない日々の暮らしも、自分を表現する場の1つであり、その中で私たち自身は形づくられているのだと思います。忙しく、目まぐるしく変わっていく世の中では、時に立ち止まることができず、疲れてしまうことがあります。そんな時こそ、自分の暮らしに立ち戻り、向き合うことによって、見失いかけていた自分と再び出会い、ちょっとずつ自分自身や周りの人たちを大切にすることができるのかもしれません。
国際関係学科4年 マーマレード

コメントシートより

  • ときめきとモヤモヤは相反するものだと思っていましたが、お互いに影響し合い、自分を形作るものなのかなと思いました。講演の最初の方で島﨑さんがおっしゃっていた「貧しい時代でも心まで貧しくなってはいけない」という言葉は、私の大好きな小説の主人公の考え方にそっくりで、自分の心を豊かに保つために、素敵なものや好きなことにたくさん触れて、日常の中の小さなときめきに気が付ける人になりたいと感じました。
  • 社会問題を扱う雑誌というと、重くて読むのがつらい印象を持ちがちですが、この講演では戦争や社会の痛みを伝えながらも、お料理や日常の小さなぬくもりを同じ誌面に並べるという発想がとても素敵だと思いました。心がさむくなることもあるけれど、それでも読んだ後にホッとできる雑誌でありたいという言葉には、現実の厳しさを感じても、それを受け止められる存在であろうという優しさが感じられました。社会の中で苦しいことや悲しいことがあっても、そこに希望や人のあたたかさを見つけようとする姿勢が、この雑誌づくりの根底にあるのだと思いました。
  • 今回の講義を聞いて、「暮らし」というものを今までより深く考えるようになりました。毎日の中で感じる小さなときめきや、逆にうまく言葉にできないモヤモヤは、ただ流れていくものじゃなくて、自分の中にちゃんと意味があるのだと気づきました。島﨑さんが、取材で出会った人の声や景色を、丁寧に覚えて持ち帰ろうとする姿勢がとても印象的でした。誰かの意見ではなく、自分の目で見たこと、自分の心が動いたことを大切にしていいんだと思えました。暮らしって「当たり前」じゃなくて、ちゃんとと自分で選んで作っていけるものなのかもしれないなと思いました。
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