第11回 学生スタッフレポート
口の立つやつが勝つってことでいいのか
頭木弘樹(文学紹介者)
こんにちは!
「総合2025」第11回、9月18日(木)の講演は、文学紹介者として活躍されている、頭木弘樹さんにお越しいただき、「口の立つやつが勝つってことでいいのか」というテーマでお話いただきました。
講演の中で特に印象的だったのは、「私たちは絶望の仕方を習わない」という言葉でした。最初は正直「そんな方法は習わない方がいいのでは?」と思いましたが、お話を伺ううちに、その意味が少しずつ分かってきた気がします。不可抗力で何もできないような状況に陥ったとき、すぐに前を向くことなんて誰にもできない。そんなときに、「絶望」というプロセスを経て自分の内面と向き合うことも、大切な時間の過ごし方なのかもしれない。そう感じました。また、講演後の茶話会では、「絶望なんて経験しないに越したことはない」と仰っていたのもとても印象的で、これこそが頭木さんの実感なのだろうと思いました。
加えて、「言葉にするというのは、スープの中の具を拾い上げるようなもの」という表現も、とても美しく、深く心に残りました。「言葉は万能ではなく、何でも言語化すればいいわけではない。むしろ、言葉にしきれない思いや感覚を大切にしている人こそ、豊かな感受性を持っている。」というフレーズに、私は大きく頷いていました。私自身、言語化することが癖になっており、それが得意だという自負もありますが、一方で、言葉にしてしまったことで自分の気持ちが平面的にしか記憶されなくなるような寂しさを感じることもあります。だからこそ、「あえて言葉にしない」選択があるという頭木さんのお話には、新しい感情との向き合い方を教えてもらったような気がしました。
「総合2025」第11回、9月18日(木)の講演は、文学紹介者として活躍されている、頭木弘樹さんにお越しいただき、「口の立つやつが勝つってことでいいのか」というテーマでお話いただきました。
講演の中で特に印象的だったのは、「私たちは絶望の仕方を習わない」という言葉でした。最初は正直「そんな方法は習わない方がいいのでは?」と思いましたが、お話を伺ううちに、その意味が少しずつ分かってきた気がします。不可抗力で何もできないような状況に陥ったとき、すぐに前を向くことなんて誰にもできない。そんなときに、「絶望」というプロセスを経て自分の内面と向き合うことも、大切な時間の過ごし方なのかもしれない。そう感じました。また、講演後の茶話会では、「絶望なんて経験しないに越したことはない」と仰っていたのもとても印象的で、これこそが頭木さんの実感なのだろうと思いました。
加えて、「言葉にするというのは、スープの中の具を拾い上げるようなもの」という表現も、とても美しく、深く心に残りました。「言葉は万能ではなく、何でも言語化すればいいわけではない。むしろ、言葉にしきれない思いや感覚を大切にしている人こそ、豊かな感受性を持っている。」というフレーズに、私は大きく頷いていました。私自身、言語化することが癖になっており、それが得意だという自負もありますが、一方で、言葉にしてしまったことで自分の気持ちが平面的にしか記憶されなくなるような寂しさを感じることもあります。だからこそ、「あえて言葉にしない」選択があるという頭木さんのお話には、新しい感情との向き合い方を教えてもらったような気がしました。
国際関係学科3年 リンイン
コメントシートより
- 「言葉にできないことがあれば、言葉にしないことも大切にするべき」という考えに強く共感しました。言葉にしないことを否定せず、むしろ尊重する姿勢が、人との関わりをより豊かにすると感じました。
- 少しのことでも頭の中で考えすぎてしまい、何か嫌なことが続いた時など、結局自分が今どう思っているのか分からなくなってしまうことがある。そのような時は自分の感情はもちろん、何かが嫌なことはわかるが、何が嫌なのかも分からなくなってしまう。そんな状況は何となく気持ちが悪く、何でもはっきりさせたいと思っていたが、無理にはっきりさせなくてもいいのではないかと思うことができた。
- 辛いことがあった時、その気持ちを引きずってしまうことが多いので、講演を聞いて絶望名言であったり、辛い時の気持ちの持ち方を知ることができた。頭木さんが(相談を受ける人には)一般論ではなく一個人として接して欲しいと言っていて、優しくすることだけが相手のためになるわけではないことを学ぶことができた。




