第26回 学生スタッフレポート

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生きづらさの正体を描く〜脚本家の視点から〜

吉田 恵里香 氏(脚本家・小説家)

皆さん、こんにちは!
2024年度最後の講演である第26回「総合」では、脚本家・小説家の吉田恵里香さんに登壇していただきました。吉田さんは、2024年度前期NHK連続テレビ小説『虎に翼』、映画『ヒロイン失格』、ドラマ『君の花になる』『生理のおじさんとその娘』『恋せぬふたり』など、これまで数々の作品の脚本を手がけてこられました。

NHK連続テレビ小説『虎に翼』は、日本初の女性弁護士である三淵嘉子さんをモデルにした物語です。朝ドラの執筆にあたり、吉田さんは偉人や何かを成し遂げた人ではなく、「強い人」を描きたかったとお話しされていました。吉田さんにとっての「強い人」は、自分の人生を自ら切り拓いていく人です。そうして主人公・猪爪寅子のモデルとして三淵嘉子さんを選ばれたそうです。さらに、吉田さんは 「自分の人生を自分で決めることが人として当たり前の権利である一方、それが決して当たり前ではないこと」と「声を上げることの大切さ」 を強く意識して脚本を執筆されたと語られていました。本来ならば、自分の意思で進む道を選び、自分らしく生きることは、全ての人に平等に与えられているはずの権利です。
しかし、現代社会では、性別や環境、社会の価値観によって、それが制限される場面が少なくありません。こうした背景の中、多くの人が「生きづらさ」を感じているのではないでしょうか。今回の講演では、自分自身が感じる生きづらさや、他者が抱える生きづらさに焦点を当てながら、「生きづらさの正体を描く〜脚本家の視点から〜」というテーマでお話いただきました。

吉田さんの講演で印象に残った話の一つが「しんどさ」についてでした。

しんどさにはさまざまな種類があり、その強さも人によって異なります。自分が思い描くような自分になれないことや、体調の問題、朝起きられないことなど、理由もさまざまです。しかし、他者の目線によって、そのしんどさが贅沢やわがままに見られ、我慢するべきものだとされることもあります。また、人はなぜか、自分がしんどい時に誰かが楽になったりしていると、自分とは関係ないのに自分が損をしている気がすると感じたり、なんで自分がこんなに大変なのに、この人は楽になっているのだろうと思ってしまうことがあります。このような中で吉田さんは、「誰かが楽になった分、そこに余裕が生まれて、他の人の生活も引き上げられる。だからこそ、自分に余裕がない時ほど、誰かに優しくできたらいいよね」とお話しされていたのが印象的でした。この言葉を聞いて、自分がしんどい時こそ、他人を思いやることで、巡り巡って自分のしんどさも和らぎ、小さな優しさの積み重ねが、社会全体の「しんどさ」を少しずつ和らげていくのではないかと感じました。

また、吉田さんは、「心の鈍感さ」についてもお話しくださいました。人によっては、自分のしんどさはみんなにとって当たり前のこと、自分よりもっと大変な人いると考えることで自分のしんどいという気持ちに蓋をしてしまうことがあります。その結果、自分のしんどさを他人と比べ、さらに自分の感情に対して鈍感になってしまうこともあるのではないでしょうか。このような背景の一つにポジティブであれ、ネガティブでいることはダメだという社会の風潮があるのではないかと、吉田さんは語られていました。確かに、前向きな考えを持つことは、自分が生きやすくなるために重要です。しかし、ポジティブでいなければならないという考えにとらわれすぎると、逆に自分を追い詰めてしまうことがあります。ポジティブに進み続けた先に、自己責任論という考え方があるのではないかと吉田さんはお話しくださいました。実際に、弱音を吐けない、ネガティブであることが悪いとされることが、社会に広く根付いているのではないでしょうか。この講演を通して、ポジティブであることよりも、自分の本当の気持ちに素直になることが大切なのではないかと考えさせられました。ネガティブな感情を持つことは、決して悪いことではありません。むしろ、「自分は今、しんどいんだ」と認めることが、自分を大切にする第一歩なのではないでしょうか。ポジティブでいようと無理をするのではなく、時には立ち止まって、自分の感情と向き合うことの大切さを改めて感じました。

2つ目の印象的な話は、「声を上げること」についてです。声を上げたいと思っていても、勇気が出なかったり、心に余裕がなかったりすることがあるのではないでしょうか。そのように声を上げられない自分に対して、罪悪感を抱く必要はないと吉田さんはおっしゃっていました。今は、声を上げるための準備段階として体を温めているつもりでいることが大切なのだと感じました。声を上げられないからといって、長いものに巻かれたり、悪口に加担したりするのではなく、声を上げている人を否定しないことも十分に力になると吉田さんは強調されていました。この言葉を聞いて、声を上げることにはいろいろな形があるのだと気づかされました。直接的に行動するだけが声を上げることではなく、他者を支持し、理解を深めることもまた、大切な一歩なのだと思いました。

吉田さんの場合、声を上げる手段の一つがエンターテインメントです。吉田さんは、物語の中で、マジョリティだけでなく、マイノリティや、これまで存在しないものとされてきた人々を描いています。物語に特定の存在を描かないことは、意図せず差別的な意味を持ってしまうことがあります。だからこそ、吉田さんはそうした人々を意識的に物語に登場させることで、見えないものとされている人々を可視化しようとしているのです。吉田さん自身は、社会において意味がある作品を作る、省かれていかない作品を書きたいと考えられているそうです。そうした物語を真正面から描くことで、様々な意見が生まれるのは避けられません。むしろ、作品に対して期待や批判の声が寄せられるのは、それだけ作品が人々の心を動かしている証拠なのかもしれないと思いました。

最後に、今回の講演から、自分自身がしんどいと感じたときも、他者に優しさを向けることや自分自身や周りの人の感情にも目を向け、その気持ちに寄り添う姿勢を忘れずにいたいと思いました。そして、声を上げる形は一つではなく、どんな形であれ誰かを支えることができるのだと学ぶことができました。これからの生活の中で、吉田さんの言葉を思い出しながら、自分自身や周りの人の感情に寄り添い、自分にできる範囲から行動していきたいと思います。
国際関係学科4年 リーフィ

コメントシートより

  • 失敗が許されなくなりつつある現代において、「失敗しないことを美談として作品の中で描かない」ということによって救われる人も大勢いるのではないだろうか。人は失敗するものだと理解して自分自身が自分の失敗に対して寛容になろうと思った。また、声をあげているから賛否両論があるという当然の事を再認識した。もし、辛くてやりたくなくなったら逃げていいことや、辛いけどやめたくないなら休憩を挟むべきであることなど、今後の人生の糧になるようなお言葉を頂けて勉強になった。女性に限らず人として大切なことを教授してくださるような講義であったように思う。
  • 私は自分自身が傷つくことが最も苦手だからこそ、トラブルが起こらないように、他人の顔色を伺ったり、波風立たない発言をするよう気をつけてきました。しかし、次第に本当の自分が分からなくなってしまいました。だからこそ今回の講演で「本当の自分は一生分からない。そのときそのときで自分の後悔のない選択をすることが大切」というお話を聞いて、はっとしました。自分の意見を言わずにいることで苦しくなっていないときはそのままで良いのかもしれない。また自分が傷つくことを言われたときは、寅子のように自分の思いをはっきりと伝える力もつけていきたいと思いました。
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