第24回 学生スタッフレポート

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ケアに未来はない

白石 正明 氏(医学書院編集部)

「総合2023」第24回講演、12月21日は白石正明さんにお越しいただきました。白石さんは医学書院編集者で、20年間「シリーズ ケアをひらく」の本を作るという形で扱ってきた「ケア」について、様々な角度からお話ししてくださいました。

最初は、「現在を未来のために手段にしない」ということについてです。これは、ケアとは何かというお話でした。白石さんはケアを治療と対比し、治療が「現在の苦痛と引き換えに未来の安寧を保証するシステム」であるとすれば、ケアは「現在の快を十全に享受するシステム」であると言います。ケアは具体的にこのような行為である、と言えるものではなく、そのときその人に必要なことをすることです。ただし、治療のように「治す」「良くする」と現状を否定し未来のために治療を行うのではなく、症状そのものは変えずに症状を捉える背景を変えることで現在の困難を軽減するものであるということを、北海道にある精神障害等を抱えた当事者の地域活動拠点「べてるの家」の活動を例にお話してくださいました。べてるの家では、幻聴を薬で無くすべき症状ではなく、「幻聴さん」という交渉の相手として迎えることで、楽に幻聴と付き合っていくことができるようにしています。治す・治さないという二項対立の軸の外に、ケアに必要な大事なことは広がっているようです。二項対立の軸の外に出るということは、ケアにおいてはもちろんですが、私たちの日常生活においても役立つ視点のように思います。

このようなケアは一つ一つの行為はとても小さくて見えなかったり、貧弱に見えたりしますが、それは細かいところを見すぎているからであり、広すぎて全体が見えないほどにケアは広大なのだと白石さんは言います。どの学問分野から見てもフレームからはみ出すほど広大で、旧来の専門性からはみ出すケアを提供できる人とは一体どのような人なのでしょうか。ケア提供者について白石さんは、「未来に奉仕するような貧しい現在ではなく、今ここにある豊かな現在に働きかける人」であると言います。精神障害等の患者が退院したいといったとき、退院できる状態にあるの?と詰め寄る人ではなく、それならアパートを借りようかと一緒に不動産に向う人だということです。後者には危険性が秘められていますが、同時にあらゆる可能性も秘められており、その人が生き生きとした現在を過ごすことに繋がります。

また、ケアは「先に無償の贈与を提供する構造」であると白石さんは言います。例えば挨拶は、返ってこないリスクを負って先に声をかけることによって始まります。同じように、信じるということもまた、先に一方的に信じてしまうことによって、他者との相互作用の中で信じるという行為が実現されていくそうです。信じると言うと重要で重い行為だと感じますが、白石さんによれば生真面目に行うのではなくラフな感覚で軽くはじめることが重要なのだそうです。余裕のある側が先にちょっと贈与することがケアになるのです。このお話を聞き、返ってこないことを恐れて挨拶をしなくなってしまったけれど、信じることはできる。でも軽くではなく重く信じてしまっているから返ってこなかったときに大きな傷を負う。そんな歪な自分に気づき、軽い一方的贈与にしていきたいと感じました。

ここまで説明したように、白石さんは様々な角度からケアについて語ってくださいましたが、同時に、ケアを語ることはとても難しいともおっしゃっていました。なぜならケアは、普通を支えるために当たり前に行われていることであり、言語で語れるのは当たり前から逸脱した特殊なことに限られるからです。しかし、逸脱した側から当たり前のことを語ることはできると言い、哲学者や薬物依存症の当事者など普通から逸脱したところからものを考えている人々のお話をしてくださいました。このお話の中で出てきた「中動態」が私はとても印象に残っています。能動でも受動でもなく、意図していないけれど起こってくること。私たちは受動と能動の二つだけの世界で生きていて、受動でないなら能動、つまり自分の意思なんでしょ、と責任を個人に求めているように思います。しかし、中動態という態を意識することで、強制されたわけではないけれど自ら望んでいるわけでもないという状態を認識できるのではないでしょうか。これもまた、二項対立の外に出るということなのかもしれません。

自分は未来のための手段ではない現在をちゃんと過ごしたことがあるだろうかと顧みながら、今ここにある豊かな現在を享受できるようにしよう、能動的に自分の中にあるものから出発するだけでなく受動的にやってくる何かを受け入れる余白を持って生きていこうと感じたご講演でした。また自分軸についても、確固たるものを持って生きていくだけでなく、行く先々でその場を感じてその場での自分になっていくという形もあるのだと思いました。
国際関係学科4年 どんぐり

コメントシートより

  • 「現在」を見つめ直す重要性に改めて気付くことができました。また、「未来という語彙に自らを閉じ込める」という言葉が印象的で、私も含め「未来」という言葉は自らの可能性を広げたり、自らを開放したりという意味で使われることが多いと思います。しかし、「現在」は確かに様々な可能性を秘めているものであり、未来のための手段ではないということに気づかされました。「未来のために」と考えることで逆に現在の可能性を狭めてしまっているかもしれないという発想が無かったので、新たな学びになりました。
  • 「逸脱した立場から見ると、当たり前という世界は、いかにも偶然が重なり合っている世界であるように思える」という言葉は、社会に適合してしまっていると思っている私にとっては感じることがないとは思ったが、決してそんなことはなく、私もまだ見つけられていないけれども、どこか逸脱した箇所を持っていて、その視点からでは、社会における不思議さを感じることができるだろうなと思った。
  • 発達障害の人は世界の解像度が高く見えているということを聞いて興味深い視点だなと思いました。発達障害等が取り上げられるときネガティブな側面や問題点等しか話されることはないので違った視点から考えるきっかけになりました。
  • インプットが豊かであることがアウトプットにつながるとは限らないことを学んだ。自分が感じたことをアウトプットすることに急いていたが、インプットを豊富にすることにも努めたい。
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