第14回 学生スタッフレポート

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ウクライナの行方 戦争とジャーナリズム

佐藤 和孝 氏(ジャパンプレス代表 ジャーナリスト)

皆さん、こんにちは。

「総合2022」第14回講演はジャーナリストとして活躍されている佐藤和孝さんにお越しいただきました。佐藤さんはこれまでに旧ソ連軍によるアフガニスタン侵攻やボスニア、コソボなどの旧ユーゴスラビアにおける紛争、シリア内戦など、20カ国以上の紛争地を取材し、現地で撮影した映像や写真をテレビの報道番組などで報告されています。さらに、2022年3月から約1ヶ月の間、現在も戦争が続いているウクライナで取材をされ、現地の状況を発信されています。今回の講演では、「ウクライナの行方 戦争とジャーナリズム」というテーマでお話いただきました。

「もしジャーナリストがいなければ、世界は闇の中に入ってしまう。だからこそ伝えなければならない。」佐藤さんは講演の中でこのようにおっしゃいました。2022年、ロシアによるウクライナ侵攻により世界は混沌とした闇の中に引きずり込まれようとしています。佐藤さんはそんなウクライナの状況を日本、そして世界に伝えるために現地に向かわれました。

佐藤さんの取材対象は戦禍の中で生きる “一般市民”です。彼らは戦争における一番の被害者であり、犠牲者です。佐藤さんは、そのような市民にインタビューを行い、文章や写真、映像で記録をして情報を発信されています。多くの人は、戦場で戦うのは兵士だと考えているでしょう。しかし、今回のロシアによるウクライナ侵攻では兵士だけでなく、“一般市民”も戦っています。

佐藤さんは現地のビール工場を取材され、その時の様子を映像、写真と共に説明してくださいました。このビール工場は侵攻が始まって以降、禁酒令が発令されていることもあり、ビールの製造を行っていません。代わりに、従業員はロシアに対抗するための自家製の火炎瓶を製造しています。火炎瓶とは、ビール瓶にガソリンや機械油などの可燃性の液体を入れ、火をつけるために布で栓をしたものです。従業員はプーチン大統領の風刺画がプリントされた火炎瓶を手に持ち、佐藤さんに訴えかけるように火炎瓶の説明をしていました。火炎瓶の写真を見せながら佐藤さんは、「この火炎瓶がロシア軍に実際に被害を加えられるかどうかよりも、火炎瓶を製造するという行為がロシアのウクライナ侵攻に対する抵抗の証」とおっしゃっていました。これは、自分たちの土地を守る、という強い意志を持ったウクライナの人々による彼らなりの“戦い”ではないでしょうか。

佐藤さんが撮影された写真の中で印象に残ったものがあります。講演中、スクリーンにロシア軍の攻撃により破壊されたアパートが映し出されました。アパートの壁はえぐられ、崩れ落ち、部屋が剥き出しの状態になっています。地面にはコンクリートの瓦礫、部屋の雑貨が散乱していました。また、アパートの目の前にある木は、黒く焼け焦げ、一本の大きな炭のように立っていました。その写真にはロシア軍の凄まじい攻撃の爪痕が残っていましたが、その一方で、写真の上部を見てみると、そこには雲一つない青々とした空が広がっていました。佐藤さんは、被害にあったこのアパートに住む老夫婦を取材されました。ミサイルはこの夫婦が住む部屋の近くに着弾したそうで、もし攻撃された箇所があと少しズレていたら、彼らが被害を受けていたかもしれない、と話されていました。さらに悲しいことに、この夫婦は夫がウクライナ人で妻がロシア人です。祖国同士が分断し、血を流し合っている状況の中で生きることは、どれほど辛いことでしょう。

佐藤さんは、ウクライナの取材でキーウ郊外のイルピンでも取材されました。戦争の激化により、イルピンの街から人々はいなくなり、街全体はゴーストタウンと化しています。この地域で佐藤さんは一枚の写真を撮られました。黄色い平屋の家から顔を出し、寂しそうに飼い主の帰りを待っている一匹の大型犬の写真です。佐藤さんによると、この犬は家を出たり入ったりを繰り返していたそうです。時折、犬の悲しげな鳴き声が街に響いていたことがとても印象的だったとお話しされました。

リアルタイム質問の時間で、戦場でいろんなものを見てきて辞めたいと思ったことはないのか、という質問がありました。「辞めようと思ったことはない」と即答された佐藤さん。佐藤さんは2012年、シリア・アレッポでこれまで共に取材をしてきたパートナーの山本美香さんを亡くされました。戦場で大切な人を亡くすという辛い経験をされた今もなお、佐藤さんが戦場に向かう原動力は、「戦争とは何だろうか?どうなっているのか自分の目で見てみたい」という好奇心とジャーナリズムに対する情熱です。好奇心は時に、人をどこまでも動かし、鼓舞し続けてくれるのでしょう。好奇心を追求し、どこまでも進み続ける佐藤さんに感銘を受けました。また「現場から伝えたい、この思いが僕の情熱」、とジャーナリズムへの思いを語られた佐藤さん。受講生に「僕が伝えることによっていい世の中になってほしい。ジャーナリストが与える情報を受け取って、平和な世界について考えてほしい。」という言葉を伝えられました。

現代に生きる私たちは、日々たくさんの情報に囲まれて生活をしています。例えば、今回のロシアによるウクライナ侵攻が始まって以降、連日ウクライナに関する情報が多く流れています。その一方で、ロシアとウクライナがお互いを非難し、何が真実か分からない情報が交錯することによって、私たちが惑わされているのではないでしょうか。このことに対して佐藤さんは、「あなたが、あなたの力で判断するしか、見抜くしかない。ジャーナリストとして、僕が見ている世界もごく一部だし、伝えている情報もごく一部。多くの記者がさまざまな角度から情報を伝えている。その情報の中から、どれを信じるのか、活かすのかを決めるのはあなた次第」とおっしゃいました。社会に飛び交う無数の情報を、正しいものとそうではないものとして認識することは、決して簡単なことではありません。しかし、私たちは責任を持ってこれらの情報と向き合っていく必要があるのではないでしょうか。確かな目を持った人間になるために、私たちは今、何をしなければならないのか、今回の講演は、これらを改めて考えるきっかけになったと思います。

今年度の総合のテーマ『自画像を描く〜”枠”から気づく自分の世界』とウクライナ。あなたにとって、ウクライナはどのような存在ですか?ロシアによるウクライナ侵攻は遠い国の出来事であり、自分とは関係のない戦争、つまりウクライナはあなたにとって「枠」の外側にある存在かもしれません。しかし今回の講演は、そんな「枠」の外にあるウクライナと向き合う機会になったと思います。また物事の捉え方は、一つの事実をどのような視点から見るか、どの情報を参考にするかによって変わってきます。これらを意識した上で日々、情報を吟味していくことが大切だと感じることができたのではないでしょうか。命をかけて戦場に向かうジャーナリストから与えられた真実と向き合うことは、戦地で暮らす人々に関心を持ち、寄り添うことに繋がります。これは私たちにできる平和への一歩ではないでしょうか。
国際関係学科2年 リーフィ

コメントシートより

  • 実際に写真を見ると本当に世界のどこかでこのような悲惨な出来事が起きているのか、と少し放心状態になってしまいました。平和な世界のためには私たち一人一人が戦争を意識し、どのような行動を取るべきかをしっかりと考えることが大切だと気づきました。
  • 実際に戦地に出向いて自分の目で事実を見てきた佐藤さんのご講演は、他のニュース番組や記事よりもとても説得力があるものだった。私は今まで、ウクライナとロシアの問題は遠い世界の話だから、自分とはあまり関係のないことだといって、真剣にこの問題と向き合ってはこなかった。どの程度無関心だったかというと、ニュースやYoutubeに流れてきたら見ておこうかな、のレベルである。しかし、佐藤さんのように、命をかけてでも世界中の人々に真実を伝えるべく、戦地に出向くジャーナリストたちの存在を知り、彼らが発信した情報としっかりと向き合わなければならないと感じた。何となくこういう状況なのかなあという自分勝手なイメージ=“枠”で世の中の動きを見ることは、あまりにも現実をなめている。ジャーナリストの方々が伝えてくれた世界の事実と、本質と向き合う覚悟を今一度、決めなければならない。これからは、私たちの世代が世界の中心を担うのである。平和な社会を維持し、その平和を広げていく大人になれるよう、思いやりと情熱をもって、自分なりの方法で社会を変えていきたいと思う。
  • 今回の講演を聞いて、自分にも何かできることがあると強く思った。佐藤さんは、現場から伝えたいという情熱をもとにウクライナなど、世界中の戦地に赴く。たとえ自分の命が危ないとしても、これは単に必要な仕事だからとそのような危険性を顧みずに渡航するという。このようなことは私にはできない。しかし、佐藤さんが「戦争をしないためにはどうしたらいいのか」を全員が考えなければならないとおっしゃていたのを聞き、それは私にもできると思った。今までは戦地と遠く離れた日本で思考することが、なんの役に経つのだろうと思っていた。しかし、戦争が小さなすれ違いから始まるのと同様に、戦争のない世界を作るのも、案外小さなことから始められるのかもしれないと思った。
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