第10回 学生スタッフレポート

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多様性と道徳性

鄭 雄一 氏
(東京大学大学院 工学系研究科・医学系研究科 教授 / 神奈川県保健福祉大学 理事・副学長・大学院ヘルスイノベーション研究科長)

「総合2022」第10回、9月8日(木)の講演は、東京大学大学院工学系研究科・医学研究科教授、神奈川県保健福祉大学理事・副学長、大学院ヘルスイノベーション研究科長の鄭雄一さんにお越しいただきました。鄭さんは、東京大学医学部医学科を卒業後、同大学院医学系研究科時代に米国マサチューセッツ総合病院に留学、ハーバード大学医学部講師・助教授などを勤めた後に、現職に就いておられます。ご専門は、骨・軟骨の生物学、再生医学、バイオマテリアル工学と、幅広く活躍なさっています。

講演のテーマは、「道徳と多様性」でした。まず、鄭さんは、道徳的に「いけないこと」は、なぜ「いけないこと」なのかを受講生に問いました。鄭さんによると、その理由を突き詰めた時、「社会の秩序を守るため」など権威に基づいたものと、「私がそれをされたくないから」という個人に基づいたものに二分されるそうです。しかし、この「社会」と「個人」の道徳をあえて「粗視化」する、つまり大きな枠組みで見つめ直すことで、道徳観の共通点、道徳の真理に一歩近づくことができるとのことでした。

鄭さんは「道徳」と「多様性」の対立について指摘しました。過去に言われてきた道徳思想では、「道徳」と「多様性」のどちらかに偏りがでるそうです。例えば、社会重視のモデルでは、社会の秩序の維持を目的とするため、統一的な道徳に重きが置かれ、結果として多様性は失われがちです。反対に、個人重視のモデルでは、個人の自由が保護されるため多様性が生まれ、結果として道徳が失われがちになります。このように、両方のバランスをとることは難しいです。

また、道徳の最も基礎的な考え方は「仲間らしくすること」とのことですが、その「仲間」には範囲があります。例えば、殺人は全世界で「いけないこと」とされています。どの社会や宗教にも存在する「仲間に危害を加えないこと」という掟を、[a]「共通の掟」と言います。しかし、戦争においては、敵を殺人することが許されます。本来、敵も同じ人類の一員ですが、戦争の場合、敵は仲間の範囲から外れます。そのため、道徳の決める「いけないこと」が適用される範囲に入りません。このように、本来の仲間である全ての人類に適用されるのではなく、個別の社会に所属する仲間のみに適用される掟を「個別の掟」といいます。

鄭さんは、共通の掟を底に敷いて、その上に、「個別の掟」を乗せることで「道徳」と「多様性」を両立できると、その解決策を提示しました。「共通の掟」を共有して「道徳」を保障し、「個別の掟」はそれぞれの社会に適用するに留めて「多様性」も保障することができれば「道徳」と「多様性」の両立は可能となるのです。

私は、「道徳」と「多様性」の対立を指摘された時、本当に身近な人とだけ繋がるような小さな社会に属しているなら、この対立には気が付かないし、考えもしなかったと思いました。そもそも私は、自分の持つ道徳の中に、「共通の掟」と、多様な「個人の掟」の2種類があることにも気がついていませんでした。両者を見極めることで、自分以外の人に対して寛容になれるという意見は、私にとって新しい発見でした。今回の講演で、自分のこと、周囲の人のことを意識し、見直すきっかけになりました。

皆さんにも、考え方や道徳の違い、他人との違いに触れる経験があると思います。違いの押し付け合いよりも、共通の掟、つまり共通の道徳をお互いが守り、考え方の違い・個人の掟に対して寛容になれると良いね、という鄭さんのメッセージを感じました。今回の学びをこれからの生活に生かしていこうと思います。

英語英文学科2年 Sophie

コメントシートより

  • 仲間とは誰かと聞かれた時に答えがパッと出てこなかった。それが出てこなかったということに衝撃があった。
  • 現代社会ではグローバル化が進んでおり様々な人や場面に出会うと思うのですが、そんな社会だからこそ人間・社会の根本的な部分を形成する「道徳」を見つめ直す重要性について理解できました。問題を粗視化し、検出し、分析、統合とモデル化するというサイクルが重要だということもわかりました。
  • 多様性のあり方、多様性の前に人間はどのように考え、行動しているのかを深く考えさせられました。殺人はいけないことだが、相手を道徳の範囲外にしてしまうと許されてしまう人間の恐ろしさを感じました。 仲間か否かのライン、仲間の中でもどこまでいいのか考えていきたいと思いました。
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