第19回 学生スタッフレポート

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異国の地にいきる
-シリア難民のナラティブから読み解く-

岸 磨貴子 氏(明治大学国際日本学部准教授)

みなさんは、「シリア」、「難民」という言葉を聞いて、どのようなことを思い浮かべるでしょうか?「シリアは非人道的な行いが横行している国でとても危ない。」「難民キャンプは祖国を出てきた多くの人であふれかえり、食べ物や住む場所に困っている。」「支援した方がいいとは思うが、どこか遠い国で起こっている出来事のように感じる。」これは、私が講演を受ける前に持っていたイメージですが、こんな風に感じている人は多いのではないでしょうか。しかし、私たちがイメージする「シリア」や「難民」というものは、その全てが事実ではありません。今回は、2011年の内戦が始まるまでシリアの教育支援に携わり、現在はトルコのシリア難民支援のための実践について研究中である、明治大学国際日本学部准教授の岸磨貴子さんに講演をしていただきました。

いちばん最初に、岸さんは私のシリアのイメージを一変させました。岸さんが滞在していたシリアでは、「アルハムドゥリッラー」という言葉がとても頻繁に使われていたそうです。これは「神様のおかげです」という感謝を表す言葉なのですが、神様がいる、いない、ということは関係なく、何か感謝の気持ちを表したい時に使います。そしてシリアの人々にとって、感謝をすることはとても日常的なことであり、ないものを欲しいと望むのではなく、今あるものに感謝をして生活しているのだ、と岸さんは何度もおっしゃっていました。家族全員と食事をできること、仕事ができること、学べることなど、日常の些細なことに対していつも感謝をする。感謝をするということは大切だと誰もが知っていますが、それを日常の中でこんなにも自然に表現できることはとても素敵なことだと思いました。限られた知識だけで、危ない国なのだろうと思っていた私のシリアへのイメージは、ここでガラリと変わりました。

もう一つとても印象に残った言葉があります。それは、シリアに避難していたパレスチナ難民の方の「祖国とつながるのはこの一本の鍵だけだ。」という言葉です。パレスチナに住んでいたこの方は、ある日突然「ここは危ないから避難しよう!乗れ!」とトラックに乗せられたそうです。隣町でイスラエル兵が住民を殺したという過去の事件が頭をよぎり、家の鍵を閉めてそれだけを手に持ってトラックに乗りました。到着した場所はレバノン。彼はその時に初めて、自分は国を追い出され、もう自力で祖国に帰ることは出来ないのだと気づいたそうです。

このような体験をした難民は多く、彼らはわずかに残った祖国と自分とを繋ぐものをとても大切にしています。私たち日本人は、自分が日本の国籍を持っていると意識することはほとんどありません。自分の身元を証明するものもいくつかあります。しかし、難民の人たちはそれらを持っていないのです。自分はパレスチナ民だと言いたくてもそれを証明出来るものはない。難民の人たちは生活に困っているだけではなく、「自分は何者なのか」というアイデンティティの葛藤にも悩まされているのです。

内戦が始まるまで、シリアは日本よりも治安が良いと言われるほどの平和な国であり、世界最大の難民受け入れ国の1つでした。つまり彼らは祖国との繋がりをほぼ絶たれた難民をたくさん見てきました。2011年に内戦が始まりますます危険な状況になっていく中で、「今ここで国を出ると、あの難民たちのようにもう二度と祖国に戻れないかもしれない」という考えが頭をよぎり、できる限りシリアに残ったそうです。しかし、すぐに終わると思っていた警察や市民の争いは他国をも巻き込む大きなものになり、多くのシリア人はトルコへと向かいました。こうして、世界最大の難民受け入れ国であったシリアは、世界最大の難民排出国になったのです。

難民問題は、私が最初にイメージしていたような食べ物や住む場所だけが問題になっているわけではありません。難民を受け入れることによって教育や交通、公共施設においての問題が起こり、文化の違いによっても諍いが起きてしまいます。それだけでなく、難民は常に支援してもらっているという状況にあり、何か社会の役に立ちたいと願っていてもどうすることもできません。そんな状況が続けば、生きていても自分が何のために生きているのか分からなくなってしまうそうです。岸さんは、難民の方の話を聞いていく中でこのことに気づき、身の回りの生活を支援するだけではなく、彼らが社会に役立つために何かをすることの手助けをしなければならないと考えながら今も活動をしています。

私は、難民問題に対して私たちができることは物資や資金を送ることばかりだと思っていました。もちろんそれも必要なことです。しかし、今回の講演を通して、私たちは難民の人たちが抱えている内面の問題についても真剣に向き合っていかなければならないのだと強く感じました。まずは、みなさんがシリアや難民のことについて、頭の中にあるイメージが全てだと信じるのではなく、今回のような講演を通してこの問題について知ることから始めていければと思います。

国際関係学科1年 すみれ

コメントシートより

  • 難民の人たちは質素で辛いだけでなく、自分が誰かのために働く機会がないことも辛いことを知った。生活を支援するだけでなく、希望を持ってもらうということも大事な支援の1つであることが分かった。
  • 今日の講演を聞き、難民としてキャンプに受け入れられる人々が1割とごくわずかであることも問題であるが、その状況だけでなく、難民のアイデンティティが保証されていないという問題も忘れてはならないと思った。
  • 難民が移住できても、言語の違いや、先住民からの偏見などで辛い状況を強いられなければならないことを知って驚きました。また、支援されている側も辛いことを知って、相手のことを知らずに自分の偏見を押し付けることはいけないと感じました。
  • 日本は食事や言語、様々な面で難民の受け入れが難しいとしても、他の支援や何か取り組めることを考えていかなければならないと感じた。
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