第17回 学生スタッフレポート

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ひとを愛するとは、どういうことか

鈴木 晶 氏(法政大学名誉教授)

こんにちは!今回は、法政大学名誉教授の鈴木晶さんに「愛する」ことについて講演していただきました。様々な視点から愛について議論してくださり、私にとっては目から鱗の90分でした。

講演は、鈴木さんご自身が訳されたエーリッヒ・フロムの『愛するということ』をもとに進められました。この『愛するということ』の原題は『The Art of Loving』です。直訳すると、『愛の技術』ということになります。フロムは愛するということは技術的なことだと主張しています。愛するということは人間がもとから持っている能力ではなく、訓練しなければ身につくことのない「技術」なのです。私は講演前にすでにこの本を読んでいたため、フロムの主張については知っていましたが、鈴木さんの講演は改めて「愛は技術だ」ということを考える良い機会になりました。

鈴木さんは、『愛するということ』に書かれたフロムの主張について詳しく説明してくださいました。一つ目は、自分自身が成熟しなければ人を愛することはできないということです。どうしたら人を愛することができるのか考え、自分自身でその人を「愛そう」と努力しない限り人を愛すことはできないのだそうです。二つ目は、現代人が愛を誤解しているということです。現代人は「愛する=愛される」ことだと思っています。例えば、どのようにすれば「モテる」のかといった受動的な愛「される」ことを、愛「する」ことと混同してしまっています。しかし、このことはフロムに言わせると間違いです。三つ目は、「恋に落ちる」という言葉に見られるような瞬間的なことは「愛する」ことではないということです。フロムによれば、人間の本能は壊れているのだそうです。本能が壊れた結果、自我というものが生まれます。自分というものが生まれた結果、人間は孤独になる恐怖を覚えるようになりました。そして、「なんとなく集まっていたい」という集団への同調のようなものも感じるようにもなりました。しかし、そのような思いから「誰かと一緒にいたい」と感じて恋愛を求めるのは、本当の愛ではないそうです。本当の愛は、相手への配慮・責任・尊重・理解があって、相手の成長を心から願うものなのだそうです。つまり、「相手ファースト」こそが本当に人を愛するということなのです。相手は自分の自由にはならず、意志(will)を伴うものが愛するということです。私は、鈴木さんが何気なくおっしゃった「相手ファースト」という言葉にとても心を動かされました。というのも、私はついつい自分のことばかり考えて、周りのことを考えなくなることが多々あるからです。テストがあるからと心にゆとりがなくなり、イライラとして家族に当たってしまったり、友達になんとなく冷たい態度を取ってしまったり、そんな自分を反省しようと思いました。そして、「愛する」ということは自分から相手に向かう、相手あってこその行為なのだというフロムの主張に感動しました。

では、そのように「愛する」ことができるようになるにはどうしたらいいのでしょうか。鈴木さんは、フロムの主張も踏まえながら、まずは愛について関心を持ちそれについて自分なりに考えることが大切だと教えてくださいました。その上で、愛することを実践する際には、規律・集中・忍耐が必要だと言います。気分が乗った時だけではなく、自分に規律を課して常に相手のことを考える必要があります。相手と共にいるときには相手の存在に集中して、他のことに目をそらすのではなく、相手に寄り添おうと努力することも大切です。そして、気長に構えることです。性急に結果を求めるのではなく、耐えることも必要なのだそうです。私はこの三つのことは、「愛する」ことだけにではなく様々なことに当てはまるな、と思いました。自分勝手にならず、相手ファーストで、規律・集中・忍耐の姿勢を持って「愛すること」ができるような人間を目指しつつ、その過程で学んだことを他のことにも活かしていきたいと思いました。
多文化・国際協力学科1年 こはく

コメントシートより

  • 本当の愛は自分の愛する人が幸福であるということを聞いて、その通りだと感じた。
  • 自分が成熟しないと人を愛せないという言葉にハッとした。自分の行動を反省しようと思った。
  • 愛とは生まれながらに備わっているのではなく人間的に成熟した人でなければ得られないものだとわかった。気付くと、私はいつも自分勝手で相手の感情を配慮せず自己完結していたように思う。相手の幸せが自分の幸せに直結するような関係を築きたい。
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