津田梅子生誕150周年記念シンポジウム
「海を航(わた)って-梅子、捨松の先進性」

女子英学塾開校時の協力者たちとともに。 (左より津田梅子、アリス・ベーコン、瓜生繁子、大山捨松)

1871(明治4)年、欧米視察の岩倉具視大使一行がアメリカへ旅立つ船上に、少女たちの姿がありました。それは開拓使が募集した日本初の女子留学生でした。彼女たちは多感な少女時代をアメリカの家庭で過ごし、アメリカ式の学校教育を受けるなかで、日本の女子教育にどのように貢献したらよいのかを真剣に考えました。 特に津田梅子と大山(山川)捨松は、日本に女子のための学校を作るという壮大な夢を抱くようになります。

11年後の1882(明治15)年に二人は帰国しますが、帰国後の生活はカルチャーショックの連続でした。梅子と捨松は、日本の女性が置かれていた状況に驚き、かねてからの夢を実現させたいという思いが一層募ります。

1900(明治33)年、二人の夢は日本で最初の女子高等教育機関の一つである「女子英学塾」という形となって結実します。良妻賢母の育成が女子教育の主流だった時代、「男性と協力して対等に力を発揮できる、自立した女性の育成」という先進的な教育理念を掲げて創設された女子英学塾。その理念は男女共同参画社会の実現が叫ばれる現代社会において色褪せることはなく、かえってその重要性を増しています。

梅子は最初の留学から帰国後、華族女学校に英語教員の職を得ますが、休職して再度渡米しブリンマー大学で生物学を学びました。捨松は留学時代、アメリカの女子大学の草分けであるヴァッサー大学で学び学士号を取得、さらにアメリカのコネティカットで看護に関する短期間の訓練を受けています。留学先で、そして帰国後も多くのことを学び、知り、考え、感じ、日本の女子高等教育のために力を合わせた梅子と捨松。津田梅子生誕150年を記念した本シンポジウムにて、若くして海を航った梅子と捨松の先進性を参加者の皆さんとともに考えます。

シンポジウム情報

テ ー マ : 海を航(わた)って-梅子、捨松の先進性
日  時 :
10月12日(日) 13:30-15:00 (津田梅子記念会&ホームカミングデーにて開催)
 
場  所津田塾大学 小平キャンパス 1111 教室
パネリスト: 古川 安(日本大学生物資源科学部教授)、 久野明子(一般社団法人日米協会副会長)、 飯野正子(津田塾大学前学長・名誉教授)
モデレーター
 : 高橋裕子(津田塾大学英文学科教授)
主催 : 津田塾大学 津田梅子生誕150周年記念事業委員会
※参加にあたって申込は不要です。


<問い合わせ先>
津田塾大学企画広報課
〒187-8577 東京都小平市津田町2-1-1
Tel : 042-342-5113
E-mail : kouhou@tsuda.ac.jp

2014/10/12

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